アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

「学問の急所」「共通言語」で起きる知のレバレッヂ効果。

投稿日:2018年9月1日 更新日:

■圧倒的なスピードで「教養」を身につけていく、シンプルな思考方法
https://acsusk.com/culture/

上記エントリーは、
「教養の定義を変えてしまい、なんでも教養扱いしてしまうことで、
どんどん教養が身についたことにしていこう」
という、インチキ臭い主張で終わっていた。
(いや、書いた内容自体は本気だけど)

読んだ人がいれば、
「適当なこと言ってんじゃねえ、
自分の中でだけ教養が上がるだけじゃねえかこら」
という声があるはずだ。

実は、これにはまだ続きがある。

本当に、「以前の自分よりもかなり教養が身についたように実感する」方法が―。

■実はこの世の中には、
「この一冊を勉強すれば、ほかの100冊を読めるようになる」
という、「レバレッジ」のような本が存在する。
学問にも「急所」とか「ツボ」にあたる部分があるのだ。
それを、ひたすら勉強すれば、あなたは短期間で自信をもって
「以前の自分よりも今の自分はかなり教養がある」
と言える状態になる。

■一番わかりやすい例が数学だろう。
数学を学ぶだけで、多くの理科系学問はぐんと分かりやすくなる。
例えば、大学1年生で電磁気学を習うときに、
多くの学生はそこではじめてdivやgradを学び、途方に暮れるのだが(自分)、
それ以前にベクトル解析を学んでいた学生ならば、
divやgradに悩まされることはない。

そのほかに、語学(英語も、それ以外の言語も)、簿記、歴史、化学などが昔から「知の急所」扱いされてきた。

今ならコンピュータ能力が入るだろう。
(プログラミング能力や、情報技術者試験に出てくるような知識もそうだが、
エンドユーザーとしての使用能力の重要性もばかにならない)

それから、あまり人が語らない部分では、
簡単な描画能力(いわゆる”デッサン力”+”形状記憶力”)がいろんな場面で役に立つので、
絵が苦手、という人は練習して「一応描ける」状態にしておくと何かと便利だと思う。

■これらの「知の急所」たちはつまり、「共通言語」なのである。
「数学が理科分野の共通語」という言葉を、聞いたことがあるはずだ。
英語は文字通りの共通言語である。
簿記は経営・商業一般の、歴史は人文一般の共通語になっているし、絵は言語の代わりに使える「共通語」だ。
コンピュータも、いまやいろんな分野の共通語となっている。

「教養」を身に着けたいと思っている人たちは、
上記の共通語をできるだけ広く、「ある程度の深さまで」学んでいくとよいのではないか。
(もちろん深ければ深いほどよいが、長い時間がかかるし、
専門家以外の多くの人にとって、役に立った感じがするのは、やはり、「広くある程度の深さで」だと思う)

「共通言語」がわかると、ほかの、それらを応用した分野の理解が一気に早くなる。

■これらの「学問」は「語学」だから、本で読むだけではなかなか身につかない。
反復し、暗記し、演習する。読むというよりは口にしたり、書く(描く)部分が多くなる。
やはり、「問題演習」のような形で勉強すると、やったという実感がわきやすい。

具体的には、英検、その他語学検定、数検(数学検定)、歴検(歴史能力検定)、日商簿記試験、情報技術者試験
といった検定試験の上位級を目指していけばよい。
数学を学ぶにしても歴史を学ぶにしても「どこを学べばいいのか」というのは難しい問題で、
本当は、学んだあとにならなければ分からないものなのだが、
上記の検定資格はそこに一定の指針を与えてくれる。
資格も取れるので一石二鳥だろう。

(プログラミングはやはりコードを書くのがよいだろう)

(数学に関しては、数検の最上級が大学入試クラスなので、
それなら既に学習済だという人も少なくないと思う。
そういう人は大学数学を勉強しよう)

(ちなみに、多くの人が「教養」だと考えているし、実際私も重要だと思っている、
「哲学」や「文学」を、今回の対象から省いているのは、
「問題演習で勉強する」のが難しいからだ。
「哲学」や「文学」は数学などと違い、どうしても「読む」という作業になりがちである。
「問題を解く」という勉強法もなじまない。
勉強したい人は勉強するといいのだが、
今回のような、ちょっとスピード志向の勉強法とはそもそも相性がよくないのだ。
そもそもそういった考えを否定している分野だし)

■さて、それほど自信満々に言うからには、じゃあおまえはさぞかし数学ができるんだな?
英語が喋れるんだな?絵が上手なんだろうな?
という声があがるのではないだろうか。

いや、それはまあ…。

とりあえず、私も鉛筆デッサンの練習をしながら、
「共通言語」を学んでいる次第である。

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