アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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獄のお供に外山恒一「全共闘以後」。

投稿日:2018年9月24日 更新日:

■「歴史は勝者によって作られる」
という言葉は、実は当てはまらない場合も多い。
もちろん国家とか、政党とか、大企業とかの歴史に関しては、この言葉の通りである。
歴史はのちに勝った者が、都合のよいように改変する。

しかし、例えば小さな業界とか、起業とか、学校とか、団体のレベルでは、
別に歴史は勝者が作るわけではない。
そう、「歴史はやる気のあるやつが作る」んである。

■外山恒一の「全共闘以後」を読んだ。
http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=3047
全共闘以後の若者の社会運動という、その大きさにもかかわらず、
今まで通史がなかった分野の、はじめて書かれた通史だ。
外山の主張するところは要約するとこうなる。

「巷説、若者による社会変革運動は昭和43年にピークを迎えたが、
昭和40年代後半の連合赤軍事件以降急速に退潮し、ほぼなくなったように言われている。
だが、それは誤りであり、
昭和40年代後半以降も、現在に至るまで、若者による社会変革運動は続いてきた。
特に、昭和63年から平成元年前後には”革命”と言えるほど、
若者の中に社会運動の気運が高まっており、
その後も運動の流れは、断続的に続いている」

そして、その言葉通りに、
主として昭和50年代後半以降の若者の社会運動の動きが詳細に語られていく。

■この本の書く「歴史」について、実は疑問がないではない。
書いてある内容は詳細だし、他にも当事者が生きているから概ね事実だろうとして、
それが「本当に重要なこと」なのか、私には判断がつかないのである。

というか、おそらく外山は一般に言えばまあ、「裏の人間」だろう。
何しろ自称ファシストである。
長らく大手出版社からの著書すら出すことができなかった人物だ。
(これほどの人物が著書を出せなかったのは、やはり損失だと私は思うが)

一般に、なにかの分野の歴史が記述される場合、
まずは「表」の歴史が先に記述され、あとで、
「いや、評価・注目されていない『裏』にも重要な物があったんだよ!」
となっていくのが普通である。

「表」の人が「全共闘以後の社会運動史」というテーマで書けば、
ほぼ間違いなく、外山が批判的に見ている「反核運動」や「文学者たちの反戦声明」といった
TVニュースや一般紙にも出るような運動、
「表」の歴史を重要なものとして語るはずだ。

にもかかわらず、はじめての全共闘以後の日本の社会運動史は
「裏」の人によって記述されてしまったのだ。

ほんとにこれでいいのか?
“日本の89年革命”というべき現象がが外山の言う通り、実際にあったとして、
それはほんとに重要なことなのか?
実は外山がコケにしてる “反核運動” とか “文学者たちの反戦声明” の方が
やっぱり重要ってことはないのか?

みんな外山に騙されてるんじゃないのか?!

■しかし、仮にそうであったとしても、
世の中そういうもんだ、と言うしかない。

「全共闘以後の社会運動史」という、
かなり大きな分野について、「表」の人たちは書かなかった。
だからまとめて書かれた通史がなかった。

外山はそこを徹底して調べ、纏めあげた。
外山には歴史を記述する熱意があり、実際に記述した。

歴史研究者の間では、
「日記を書いた人」や「記録を残している組織」への評価が甘くなる、
という話を聞いたことがある。

他の者が記述していない歴史を記述した、
「熱意があった者」は役得を得られるのだ。

のちの人が、「全共闘以後の社会運動史」に興味を持ったり、
調べる必要がある場合、まずこの本を参照し、
「外山史観」を前提に語ることになるだろう。

歴史は必ずしも勝者が作るものではない。
やる気のあるやつが作る。
しかし、やる気のあったやつは、歴史を作ったことである意味勝者になるのだ。

■ともあれ、このような大きな分野に、
「最初の通史」ができること自体に大きな意義があろう。

さながら、江戸中期から幕末に至るまでの人物たちの群像を追った、
みなもと太郎の歴史漫画「風雲児たち」の現代版のような本。

獄中に持っていくなら、迷わずこの一冊を選ぶべきである。

(*なお、外山は誤字脱字等の指摘をウェブ上で募集しており、
指摘者には本来有料の外山の機関紙が進呈されるという。
私も些細なものだが、誤記を指摘し、機関紙を受け取れることになった。
へへっ、ファシストの資金源を断ってやったぜ)

(*なお、
「おまえは安全圏から物を言っている小市民で、
獄に入る度胸なんてねえじゃねえか」
と言う尤もな指摘があると思う。
が、そんな小市民ですら何かの間違いで入牢してしまうかもしれない、
というのが現代の恐ろしさである)

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