アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

一般的な傾向として、高卒は大卒より仕事ができる。

投稿日:2018年10月4日 更新日:

■いつの時代も”就活”についての議論は盛り上がる。

特に今年は経団連の、例の採用活動時期のルール変更があり、
いろんな人がいろんなことを言っている。

私も少し書いておきたいのだが、まず…。

■まず、前提として、
各企業は今の”全体の流れ”の中で自分の利益を目指してがんばっている。
別に企業も莫迦ではないので、
今の”全体の流れ”の中で自分が得するようにやっているのである。

その、各企業と学生の自分が幸せになるための行動の結果として”全体の流れ”ができ、
この流れが”みんなが一番幸せ”から、かけ離れた状態になっている-、

-というのが今の就活・採用だ。

この全体の”流れ”が変わるなら、
「大きな主体(国や経団連など)がルールを変える」か、
「各学生や各企業が自分の得するように行動を変えたら、
いつの間にか全体の”流れ”が変わった」
というパターンしかない。

だから、各企業に
「〇〇をすべき!」
「○○をやめるべき!」
と言われても、たぶん困るだけである。
(まあ聞く義務はないから何を言ってもいいのだが)

■…と、そんなことは承知の上で、私が各企業に訴えたいのが、これだ。

「採用スタート時期早めるんならもう高卒採ればよくない?」

なぜなら、一般的な傾向として、高卒は大卒よりはるかに優秀で仕事ができるからである。

■まず、
「現在の大学の学問は”普通の仕事”では役に立たない」
というのは、まぎれもない事実だ。
(理系研究職の仕事と、資格が必要な士業を除く)

もちろんこれに反論する人もいるだろう。
「○○学が企業で役に立った!」とか。

いや、そりゃもちろん中にはそういう例もあるだろうが、
線形代数、カント哲学、初等フランス語…なんてのは言うまでもなく、
経営学のような”実学”的な学問だって、別に企業で使えるわけではない。
いいか悪いかはともかくとして、現状はそういうものだ。

大学の勉強はもちろんだが、高校の勉強だってかなりの部分がそうで、
そもそも”学問”が仕事で役に立つということ自体が稀である。

だから、私は”普通の仕事”で学歴の高さで問うこと自体が無意味だと思っている。

■そのうえで、私は”普通の仕事”をする上では、
“普通の高卒”は”普通の大卒”のスペックはほとんど変わらないと思っている。

ごめんうそ。

“普通の高卒”の方が”普通の大卒”よりもはるかに優秀だ。

(以下は、むろん個人差を無視し、集団対集団で比べたときの場合である。
大卒の中にも優秀な人はいるし、高卒の中にも莫迦はいる)

■まず、能力的な面で言えば、
別に大卒が”頭がよい”とか、高卒が”頭が悪い”とかということは全くない。
誰でも何人か、高卒・大卒の知り合いがいると思うが、
どうだろうか。個人差はあるにせよ、大卒と高卒に集団間の差はないと私は思う。

私は大卒ですけど、頭悪いですしね。

■何より高校生はまじめである。

「大学がレジャーランドと言われた時代は過ぎ去り、
大学生もまじめに勉強せざるを得ない」
と言われるが、今なお、ほかのどの大集団と比べても、大学生は自由だ。

「徹夜で飲み会やゲームをして次の日の授業はさぼる」
なんて高校生はすごい不良扱いをされるが、
大学生では今でも少なくなかろう。
“普通の社会人”なら、多くても年に20日前後しか平日休めないわけだが、
大学生には春夏数ヶ月は休み、そして授業も休む。

この自由を楽しみつつも何か研鑽できるとよいとは思うが、
おそらく私も含め、大概の大卒者はエンジョイしてるだけといってよい。

…これでは普通の人間はだめになりますよ。

小人閑居して不善をなす、とはよく言ったもので、
大概の人間は必要に迫られて成長するんである。

■どのように世の中が変わっても、
しばらく”普通の仕事”は残るし、
その”普通の仕事”でうまくいく人というのはおそらく変わらない。

“まじめで気配りのできるやつ”であり、
さらに追加するならば”少し工夫ができるやつ”だ。
(つまり、私とは正反対の人である)

よく言われる”コミュ力”もやっぱり大事だ。
ただ、”普通に働いている人”ならだれでも知っているが、
仕事上での”コミュニケーション能力”というのは
別に芸人のように当意即妙に面白いことを言う能力ではないし、
(おそらくほとんどの企業では)
飲み会に皆勤することでもなく、
“丁寧さ”や”誠実さ”と言われるようなものだろう。

(* こういうと必ず、
「こんなことを言っているから独創性のある人材が日本では…」
という人がいるが、別に普通の企業の普通の仕事に独創性は要らんのである。
コミュ力と気配り命!)

■その”まじめさ”、”気配り”、”誠実さ”、”丁寧さ”、
といった能力は、平均すると、圧倒的に高校生の方が上である。
(“工夫”では大学生の方が上かもしれない)

やっぱり高校生は上記のような”だめな四年間”を経験していないからだろう。
人間、生活習慣と思考習慣はそう簡単に変わらない。

“まじめさ”みたいなものは簡単には手に入らない大きな武器だから、
高校生は(平均すると)圧倒的に大学生より、仕事ができるのである。
高卒を取らない手はない。

■実は、上記のようなことは企業も半ば分かっている。

実は、今の大企業だってほとんどの人は、別に
「当社は旧帝、東工、一橋、早慶までじゃなきゃ!」とか、
「せめて大学は出ていなきゃうちでは…」とか、
本気で思っているわけではない(と、私は思う。知らんけど)。
(理系研究職とか、かなりアカデミックに近い職種は除く)

ただ、前述したような”全体の流れ”と、
あと
「誰を取ったらよいか分からないから、
とりあえず大卒を取ろう」
と、現状のようになっているだけなのだ。
(高卒の採用・就活に関する規制のせいもある)

■と、以上を読んで、こう思う方がいるかもしれない。
「明瀬が大学時代勉強しなかっただけじゃない?」
それは正しい。
だが、少なくとも、大学4年間で優秀になっている人と、劣化している人を比べたら、
後者のほうが圧倒的に多いだろう。
自由を与えられて劣化しない、というのは難しいことなのである。

というわけで、ここで私が言っても何の意味もないのだが、
一応、再度強調しておきたい。

各企業よ、採用スタート時期早めるくらいならもう高卒採ったほうがいい。
なぜなら一般的な傾向として、高卒は大卒よりはるかに優秀で仕事ができる。

なにかある方は、twitterか、
acsusk@gmail.comまでご意見いただければ幸いである。

-所感

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