アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

一万円札は贈答専用通貨にしてしまってはどうか。

投稿日:2019年6月11日 更新日:

■新札の肖像画が
渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎に決まった。

個人的にこの人選には大賛成で、
特にかつて
「八月の博物館」や
「栄光なき天才たち」を
愛読していた身としては
渋沢と北里がうれしい。

 

■一方で、
「これからはキャッシュレスの時代だから、
高額紙幣発行などやめては?」
という意見もちらほら耳にする。

確かに私もできるだけ
キャッシュレス化、ペイパーレス化が
早く進んでほしいとは思っているが、
保守派としては、やはり新札で
人心を一新するメリットを取りたい。

これだけ情報や娯楽が発達し、
人々が多様化した二十一世紀の今日ですら、
元号が発表され、変更されることに、
あれだけ老若男女が心を動かされたではないか。

祝祭の力、不合理な物の力というのは、
やはり莫迦にならないのである。

 

■しかし、政府がキャッシュレス化を推進すべきだ、
という意見には一理あり、
便益を考えるなら確かにその通りだ。

そこで私は次のように提案したい。

「一万円札は贈答専用通貨にしちゃおうよ」

スーパーマーケットや
コンヴィニエンスストアーではまず使われない、
祝儀や香典専用の紙幣にしてしまうのだ。

これなら自動販売機やATMの対応も必要ない。

 

■実際に、かつて正貨が贈答品だった時代がある。

天正大判や慶長大判は長軸20cmほどもある、
まさに「黄金」と呼ぶべき代物で、
特に天正大判はかつて世界史上最大の金貨とされていた。

しかし、織豊時代や江戸時代の人々が
実際にこの大判を用いて着物か米なんかを
買っていたわけではない。

彼らは大判を贈り物にしていたのだ。
(賄賂ということではなく、
祝い事などに渡したのだろう)

 

■現在の一万円札は原価数十円ほどで作られているという。

それを考えると感心するほど美麗だが、
思い切って贈答品にするなら、
さらに、いくらでも豪華にできる。

各地の伝統職人の手を借りて
細かい装飾を施すこともできるだろう。
あるいは季節ごとに色を替えたり、
地域ごとに模様を替えたりするのも
面白いかもしれない。

うん、なんだかとっても楽しそうではないか。

 

■これからおそらく
キャッシュレス、ペイパーレスの時代が来るのは間違いない。

例えば、本に関しても、電子書籍化が進む。

しかし、紙の本はおそらく、
完全にはなくならないと、私は思う。

紙の本は「グッズ」になっていくのだ。
紙の本は、「情報」から「物」に戻るわけである。

 

■紙幣も、令和年間の早いうちに
その「通貨」としての役割を終えるかもしれない。

このままいけば何となくゆっくり価値を失っていき、
やがてフェイドアウトしていき、
下手すると邪魔者扱いされる。
私たちが一万円札を見たり手にした時の「あの気持ち」や、
日本に培われてきた「紙幣文化」のような物も
消えていくはずだ。

これを私は惜しく思うし、
おそらく皆にも少しは同意してもらえるのではあるまいか。

であればむしろ、
我々は一万円札の
「グッズ」としての価値を高め、
ニッチを確保し、積極的に残すことを
目指していくべきではないだろうか。

令和元年六月十一日
明瀬祐介(あかせゆうすけ)
acsusk@gmail.com

-所感

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