アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

かつて、無数の団体が自由に金券をデザインしていた。

投稿日:2019年6月12日 更新日:

■前回の記事では、
「キャッシュレス時代を見据えて、
一万円札は取引用ではなく、
“贈答”専用の紙幣にしてはどうか」
という妄想を披露していた。
http://acsusk.com/20190611-1/

その中で、ちらっと書いたのは、
季節ごとに一万円札の色を替えたり、
地域ごとに一万円札の模様を替えたり、
いろいろデザインを替えた紙幣を発行しても面白いのでは、
ということだった。

冷静になると、思ってしまう。

-いや、いくら何でもそんなこと、
できるわけないじゃないか、と。

 

■しかし、私は覚えている。

かつて、この日本で、
無数の企業や団体が自由に”金券”をデザインし、
国民の大半がその”金券”を所有していた時代があった。

その金券の名を、
テレホンカード」と言う。

 

■(昭和生まれの人はこの部分は読み飛ばしても結構)

令和生まれの人は分からないと思うが、
「テレホンカード」というのは、
昭和五十七年に日本電信電話公社が発売した
プリペイドの磁気カードで、
お金の替わりに公衆電話に挿れ、
それで公衆電話から電話をかけることができる、
という代物である。

(…といっても電電公社や公衆電話が
いまいちピンとこないはずだが)

(実はICカードもあったらしい)

もちろん大概の公衆電話は一〇円玉でも電話ができるのだが、
すぐに一〇円分の時間が経ってしまうので、
一〇円玉が何枚も必要になる。
一〇円玉がなくなると電話が切れてしまうので、
みんなテレホンカードを持っていたのだ。

ややこしいことに、
実は公衆電話は一〇〇円玉でも電話がかけられる。
(五〇円玉や、その他の紙幣・貨幣ではかけられない)

ここで令和生まれのあなたは思うはずだ。
「するってえと一〇〇円玉でかければよからん?」

確かに一〇〇円玉で電話をかけると、
最大一〇〇円分電話がかけられる。
しかしどういう理屈か分からないが、
一〇〇円玉で電話をかけた場合、
通話時間が五〇円分の時間でも、
七〇円分の時間でも、
一〇円分の時間でも、一切お釣りが戻ってこないのだ。
それが悔しいから皆テレホンカードを持っていたわけである。

詳しい数は分からないが、
外で連絡を取るためには必ず必要で、
一年間平均一人一枚以上は
使い切っていただろうと思われるので、
おそらく通算何億枚という
枚数が消費されたのではないかと思われる。

(ちなみにテレホンカード自体は今でもある)

 

■さて、このテレホンカード、
特筆すべきなのは、前述の通り、
ほとんど誰にでも独自デザインの物を作ることができ、
そして実際にみんながデザインしていた

というところにある。

官庁、地方公共団体、大企業が
何かの記念品や、宣伝用にオリヂナルデザインの
テレホンカードを作っていた。

堅いところばかりではない。
グラビア雑誌も、その号の表紙を飾ったアイドルの水着写真を作って、
限定景品とした。
人気のアニメや漫画の、萌えキヤラクターのカードだってあった。

大きなところばかりではなく、
ちょっとした団体や学校だって、
同窓会や周年事業のためにテレホンカードを作った。

全盛期には、
とにかくありとあらゆる団体が
オリヂナルテレカを作ったり、配ったり、売ったりし、
(おそらく何万種類とあったかと思われる)
国民も何かしらの形でそれを持っていたのだ。

https://sccw81.com/products/list.php?category_id=180800
https://ima.goo.ne.jp/column/article/4984.html
http://www.teleca-no1takaikaitori.com/premium/

まさに、百花繚乱である。

 

■さて、私が前述の
「一万円札贈答品化構想」
で少し言及していたのは、
「”一万円札を贈答品にする”
という前提であれば、
いろんなデザインが可能なんじゃないか」
ということだった。

しかし、あくまでそのデザインは日本銀行か財務省が作る-、
ということを暗黙の前提にしていたし、
種類数も、どうがんばっても
三十種類くらいだと想定していた。

私にはまだまだ、知恵が足りなかった、
というべきだろう。

つい現状に縛られてしまっている。
流通させることや、機械対応や、現状の形を
前提にしないのであれば、
いくらでも可能性ははあったのに-。

ほんの三〇年ほど前、この日本で、
無数の企業や団体が自由に金券をデザインし、
国民の大半がそれを所有していた時代があった。

かつて存在し、今は消えてしまった、
この豊饒な文化に思いをはせると、
自分の小ささが恥ずかしい

過去はいつでも、
未来構想の先を行くのだ。

令和元年六月一二日
明瀬祐介
acsusk@gmail.com

-所感

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