アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

GAB(言語)はちっとも論理的じゃない。

投稿日:2019年6月14日 更新日:

■採用適正試験のひとつに、GAB(言語)がある。

三、四行の短い「本文」があり、
あとに、「設問」がついている。
その「設問」が、「本文」の内容と合致するかどうかを判断する、
というものだ。

昭和六十三年からあるようで、
本文が明らかにバブル頃に書かれた文章だったりするので、
もしかしたらその頃から変わっていないのかもしれない。

 

■例えばこんな問題になろうか。

(もっと良い例がいくらでもある
https://jyosiki.com/spi/tama_tyobun.html)

本文
「明日は運動会で、
天気予報によると、降水確率10%だ」

設問
「明日は運動会が開催され、晴れの予報である」

 

■この、
「明日は運動会が開催され、晴れの予報である」
が、本文の内容と照らし合わせて、
次のAからCのうちの
どれに当てはまるかを判断するわけだ。

A : 本文の内容から明らかに正しい、
または正しい内容が含まれている


B : 本文の内容から明らかに間違っている、
または間違った内容が含まれている


C : 本文の内容からは、
正しいか間違っているか判断できない

 

■…いや、いや、いや、
ちょっと待て、この選択肢はおかしくね?

「もれなくダブりなく」じゃない。
(こういうのをカシコ用語で「MECE」と言う)

「または正しい内容が含まれている」と
「または間違った内容が含まれている」が、
選択肢として並列に存在するのは変
じゃないか?

「正しい内容が含まれていて、
かつ間違った内容が含まれている」
についての物の判断がつかないからだ。
(その「判断がつかない」は、「C」とも異なる)

そもそも「A」の
「または正しい内容が含まれている」
があるのが、
選択肢としておかしい
どんな間違いのある文だって、
ひとつ正しい内容が含まれていれば、
「正しい内容が含まれている」のだ。

(少なくとも分かりにくく、
人によって判断に差が生まれてしまう悪問だとは思う)

 

■私はGAB(言語)「のような」試験は、
社会生活に最も必要な力である、
「読解力」を鍛える、良い課題になりうると考えている。

ベストセラーになった、新井紀子の
「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」
の最終的な主張は、
「これからの教育で最も重要なのは、
“一に読解、二に読解”
ということだった。
(特にAIが単純な判断はできるようになる、
将来には、読解力がより重要になる。
しかしその読解力が、
今の多くの子供には決定的に欠けている、と-。)

「世界の名作文学はほとんど読んだ」
と豪語し、文学や文学者に関する著書が多い、
比較文学者の小谷野敦もまた、
文学作品を国語の教科書に使うのは反対で、
論理的で明晰な文章を読ませ、書くことを教えるべきだ」
としている。(「忘れられたベストセラー作家」)

だから(この「だから」は論理的ではありませんが)、
GAB(言語)「のような」物こそ
初等教育から訓練していくべきであろう。

しかし、現状の「GAB(言語)」は本当に適切だろうか。

試験は、出来る限り、
穴のないように作るべきである。

「GAB(言語)」、
ちょっと考え直した方がいいんじゃないの?

 

令和元年六月十四日
明瀬祐介(あかせゆうすけ)
acsusk@gmail.com

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