アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

なぜ、「個人年金の義務化」が議論されないのか。

投稿日:2019年6月19日 更新日:

■年金が話題になるたびに不思議なのが、
(支払額や、支払主体に一定の規制をもたせた、)
「個人年金の加入義務化」と
「公的年金の(段階的な)縮小」
が、ほとんど話題にならないことだ。

 

■別にとりたてて突飛な意見ではないと思うのだが、
御覧の通り、今日(令和元年六月十九日に)、
検索してみても全くと言っていいほど出ていない。

“個人年金義務化” 1件

“個人年金の義務化”との一致はありません。

“個人年金の加入義務化”との一致はありません。

“個人年金を義務化” 6件

Twitter検索
個人年金 義務化
すべてのツイート
(最新が五月、その前が平成三〇年で、
いずれも
「個人年金の義務化」
に関するツイートではない)

 

■「個人年金の加入義務化」
は、もちろん明瀬のオリヂナル案ではない。

十五年近く前に
野口悠紀雄が「日本経済改造論」の中で
ちらっと言っていた覚えがある。

このときは
「民間の保険に入ることを義務化する物」
の例として「自賠責」を出していた。
現在なら、一部の自治体の
「対人対物無制限の自動車保険の加入義務化」
が挙げられよう。

当時大学生だった私は
「この手があったか!」
と感心したのだが、
同書の中でも中心的な主張ではないし、
野口自身もその後、
特に強く主張してるわけではない。

(なお、同書は今手元になく、
もしかしたら記憶違いがあるかもしれない)

 

■「個人年金の加入義務化」は、
社会民主主義的に、
「すべての人、特に弱者に対しても、
公的な機関が一定の責任を持つ」
という観点で見ても、決して悪くない案だと思う。

原則的にすべての国民への
年金支払を目指している。

「払わない人、払えない人はどうするのだ」
という問題はあるが、現行制度にもその問題はある。
(ちなみに自賠責保険にはこの問題は少ない)

また、個人年金を義務化したからといって、
他の社会保障・社会福祉制度を否定するわけではない。
税金を用いた他の制度、

例えばベイスィックインカムや生活保護、
それに現状の公的年金との
併設・併用が可能だ。
社会保障は、それらとの二段構えで行なう、
ということだってありうるだろう。

(「年金会社が潰れたらどうする」
という危惧に対しては、
あらかじめ「年金会社破綻保険」もセットで
[あるいは保険会社に対して]
義務化しておく、
という対応が考えられる)

再分配機能はないが、
これは税でしっかり行なうべきだ
(年金にあれもこれもと
いろんな機能を持たせると、
制度設計がやたらと複雑になり、
結局うまくいかないのではないか)

 

■一方で、新自由主義的に、
「そもそもお金の使い道は各人の自由である」
「公的機関が
“全国民のために”
と考えて制度を設計しても

多大な無駄が発生するので、
個々人に自分のお金を任せた方が効率がよい」
と考えても、
これまた現制度より悪くなっているわけではない

(本当の新自由主義者は
「お金を使い方は自由と自己責任に任せるべきだ」
と言うと思うが、彼らにとっても現状よりはましである)

なによりも、
「誰が誰にいくら払っているのか分からない」
現制度(賦課方式)よりは、
だいぶ納得感のあるものになる
のではないか。

 

■もちろん最大の課題として、
「現制度からの移行をどのように行うのか」
という点がある

野口も最終的にはそこを課題に挙げ
「だから、公的年金制度はやめることができない」
としていた。
https://diamond.jp/articles/-/8206
https://diamond.jp/articles/-/8495
https://diamond.jp/articles/-/9355

しかし、「公的年金の縮小」と「個人年金の義務化」は
必ずしも同時・一回で行う必要はない。
「三年後から個人年金を義務化し、
百年かけて公的年金を縮小していく」
ということも(選択肢としては)ありえるだろう。

 

■私自身、この制度が可能なのかどうなのか、
実はよく分からない。

ちなみに
「海外にはある!」
というのも見つからなかった。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/shogaikoku.html
https://www.nenkin.go.jp/service/kaigaikyoju/shaho-kyotei/kyotei-gaiyou/20131220-01.html

それにしても、
いたって普通というか、
まあ誰でも思いつく案なのに、
上記の検索結果を見ると、
なんでもあり、言ったもん勝ちのこの世の中で、
何というかすこし、
「議論されてなさすぎる」
感じがしないか。

実はすでに
「決定的な問題がある」
という結論になっているのか、
どなたかご存知の方は
ぜひご教授いただければ幸いである。

令和元年六月十九日
明瀬祐介
acsusk@gmail.com

-所感

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