アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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作戦

僕に「ライヴ体験」は要らない。

投稿日:2019年6月22日 更新日:


■大学時代、
TVで有名な俳優が出演する舞台演劇を、
何作か観に行った。

あるいは誰もが知っている名画(絵)が、
一堂に会する展覧会、なんてのがあると、
決まって足を運んだ。

「生で見ると、感動するかもしれない」
「触れてみるだけでも価値がある」
と思ったのだ。

■さて、今の私はこれを後悔している。
「あれ、まるで無駄だったな」
と-。

そこでこう結論づけてしまった。
「ライヴ体験」
「本物の鑑賞」
は、
自分の人生には要らない-

■ではどうするべきだったのか。

(あくまで「鑑賞」を念頭にするならば)
私は「舞台の躍動感」を体感する、
その金と時間で、その何倍もの数の
「レンタルDVD」を視るべきだった。
(今なら、「アマゾンプライム」のような動画配信だ)

私は、美術館で「本物の絵画」を体感する
その金と時間で、
「画集」をたくさん眺めるべきだった。

「ライヴ体験」
「本物の鑑賞」
ではなく、
「ヴァーチュアルな体験」
「メディアを通した鑑賞」を
「たくさん」すべきだったのだ。

もしかつての私と同じように、
なんとなく
「”本物”にちょっとだけ触れよう」
という人が読んでいれば、
参考にしていただきたい。

(ここでの
「ライヴ体験」
「本物を鑑賞」
には、
「映画館のスクリーンでの映画鑑賞」も入れたい)

(以下は、私のように金欠で、
かつ労働に追われる人間を
念頭に置いた記述であり、
お金も時間も無限にあるよ、
と言う人には不要である)

(ちなみに今の私は、
「人生をより豊かにしたい」
と言うことで言えば、
「鑑賞」ということの価値自体に懐疑的である。
素人芸でも、初心者でも、
「実践」「制作」をしたほうがよいと思っている)

■さて、こんなことを言うと、
次のように反論される方がいるかもしれない-。

-いや、”本物体験”は、何物にも代えがたいよ。

今、メディアを通したコンテンツは、飽和している。
皆「本物」を求めているのだ。

現に、CDもDLも売れない。
ミュージシャンはみなライヴで稼いでるんだ。

何ならメディアを通したコンテンツの方は無料で公開して、
「本物」の方でマネタイズしているんだ、と-。(*1)

それ自体は事実だが、私はこう感じてしまう。

「いや、そうかもしれないけど、
普通はマネタイズされてないほうで十分じゃない?」

■「生での鑑賞」が、
「メディアを通した間接的な鑑賞」よりも
何倍も面白い、質が高いというのは、本当である。

TVでのお笑いを視ていると、
全然面白くないのに、
客席が爆笑の渦、という場面をよく目にするが、
あれはもちろん、
「ライヴだと面白い」
からだろう。

舞台なんてその最たるもので、
客席の雰囲気や、役者との近さなど、
やはり代えがたいものはある。

私も舞台を観ていて、
私も含めた客席全体の笑いが止まらず、
幸福感で涙が出そうになったことがある。
(ちなみにそれは小劇場舞台だった)
が、その舞台のDVDを後で見ても、
ほとんど笑えなかった。

■しかし、
「ヴァーチュアル体験」
「メディアを通した鑑賞」も、
実際結構ばかにできない。
(上に挙げた、
「舞台」vs「舞台のDVD」は、
一番「ライヴ」と「メディア」で
差が出やすいコンテンツだろう)

私のTVは十九インチと、
とても小さく、しかも古いものだが、
それでもやっぱり良いコンテンツを
視て感動することも多い。

一方で、私が過去に生で観た有名俳優の舞台や、
世界的名画(絵)については、
ほぼ何も覚えとらんのだ。

本当はこの比較はおかしくて、
同じ物のライヴ体験とヴァーチュアル体験で
比較しなければならんのだが、
要するに、
「ライヴ体験」は「ヴァーチュアル体験」より
圧倒的な差があるか、
というと、私は結構疑問視している。

■さて、「人生をよりよく」、
といえば大げさだけど、
できるだけ面白くしようとすれば、
鑑賞も、質より数だと思う。

鑑賞の「数」をこなそうとしたときだけ、
結果的に鑑賞の「質」も高まる。

例えば
「ゴールデンウィークのうちに、
できるだけ質の高い映画を観よう」
と思っている人がいるとする。
(以下、他の条件は同じだと考えていただきたい)

一作だけ「質の高そうな映画」を選んだ場合と、
二〇作、よく分からんが映画を観た場合、
どちらか質の高い映画に出会えるか。

おそらく後者だろう。

「制作」や「開発」に関して、このように
「作る物の”量”・”数”を高めた方が、
結果的に”質”を高めた」
という例はたくさんあるが、
鑑賞でも同じで、
たくさん観た結果、面白いのにも出会えるものだと思う。

■その「数」を増やすのが、
ライヴでの鑑賞では、
(普通の人には、)どうにも難しい。

レンタルDVDは一〇〇円だが、
映画館は千数百円、
舞台は数千円もする。

画集を購入するのと美術館に行くのは
そんなに値段が変わらないが、
購入したら画集は
何回も、何時間も眺めることができる。

私は金欠だから
費用の方がネックになるが、
時間だって、大きな差がある。

ライヴ鑑賞には、
往復の移動時間や待ち時間などが
かかってしまい、
最低でも二、三倍になってしまうのだ。

そんなこんなで、
貧乏暇なしの私は、もう
「ライヴ体験」「本物を鑑賞」なんて
しなけりゃよかった、
と本当に後悔しているし、
今ではすっかり足を洗ってしまった。

■さて、そんないいことなしの(?)
「ライヴ体験」でも、
「見に行ってよかったな」
「本当に感動した」
という場合はある。

偶然出会うこともある。
たまたま友人にもらったティケットが
人生を変えることだってあろう。
それはやっぱり確率の問題だ。

そして、こんな「ライヴ嫌い」の私が、
「ライヴ」を観に行く人を、
唯一止めない場合がある。

元からその人・物を
メディアを通して視ていて
本当に「フアン」である場合だ。
そういうの人・物のライヴを
観に行く人については、
私も敢えて止めない。
むしろ推奨するくらいだ。

この場合の「フアン」というのは
もともとの意味の
「Fanatic」=「熱狂者」
で、
「本当に本当に好きで好きでたまらず、
一度だけでいいから生で観てみたい」
という人だ。

ちなみにそれですら
「別に行かなくてもよかったな」
という可能性は大いにある。
「ちょっといいと思っている」
くらいだと、
後悔することの方が多いくらいではないか。

というわけで、
ほとんどの人に、ほとんどの場合は、
要らないんじゃないかな、
ライヴ体験。

令和元年六月二十二日
明瀬祐介(あかせゆうすけ)
acsusk@gmail.com

■(*1)ちなみに、この、
「メディアを通した鑑賞は無料で、
ライヴで金を稼ぐ」
という手法は、
「ライヴ体験の意義に基本的に懐疑的で、
メディアを通して事前にフアンになっている
場合だけはOK」
という、私のような人間にこそ、
ありがたい仕組みである

-作戦

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