アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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TV漫画

「エヴァンゲリオン」と終わりなき圏央道の風景。

投稿日:2019年6月30日 更新日:

■「エヴァンゲリオン」
というアニメイションが、
人気になった要素というのは、
散々語られているし、
今からぼくが書くことも
きっとどこかで語られていると思うけれど、
すこし書いておきたい。

ぼくが「エヴァンゲリオン」
に惹かれた要素のひとつに、
あれだけ現実とかけ離れたSFなのに、
あの舞台が明らかに「日本」だった
というのがあると思う。

実際に存在する、
一九九〇年代の日本の田舎の、
延長線上にある日本-。


田んぼが広がり、
少し行くと杉が植林された林がある。
その上に送電線鉄塔が立っている。
そんなのどかな風景の中に、
妙に未来的な高架鉄道が走っている。

設定では
現在の箱根や松代ということだけれど、
それはぼくが知っている、
茨城県南や、滋賀県や、埼玉県に、
きわめて近く感じられる
風景だった
(関東で言えば圏央道だ。
外環道では都会過ぎる)

■ぼくは茨城県南という地域で育ったので、
たまに圏央道を使うのだが、
圏央道沿線の風景というのは、
すごく特殊だ。

まず、あんなに広いところが、
おそらく北海道以外にはない
(日本最大の平野の真ん中だし)。

そして、
圏央道を走っているときの、
「全く進んでいない」
感覚というのがすごい。
(実際、圏央道は丸いし、
ところどころでS字カーヴしているので、
時間ほど目的地に近づいていないのだが)

(もしかするとあの進まない感覚は、
環状線独特のものなのかもしれない。
環状線ではない放射線、
例えば常磐道であれば、
「都市からの距離」が変わっていくので、
自然と風景も変わっていくのだが、
圏央道はひたすら東京の郊外のはしっこを
走り続けるだけで、
放射線ほど風景が変わらない)

高いビルもなく、里山みたいな森はあるのだが、
起伏はやっぱり少ない。

そして天気だって、
もちろん暑くなり、寒くなり、大雨も降るけれど、
かなり穏やかだ。

空間的にも、時間的にも、
きわめて起伏の少ない風景-。

それは僕は嫌いではないのだけれども、
やっぱりつまらないという人はいるだろうし、
心が病む、と言われたら、
そうかも、と思う。

かつて筑波研究学園都市ができたとき、
異常に自殺が多い、と言われた。
どうもそれは流言だったらしいけれど、
そんな流言が出回る、
ということには、やっぱり理由はあると思う。

あの、どこまでいっても、
いつまでたっても続く風景-。

■そういう、自分の知っている、
ずっと変わらない、場合によってはつまらない、
当たり前の風景に、突然、
それまでのロボットとも怪物とも
全く異なるデザインの、
何十メートルもある異物が現れる。

分かるだろうか、
あの、何とも言えないワクワク感と、
気持ち悪さ。

ちなみにぼくがはじめてちゃんと
「エヴァンゲリオン」を見たのは、
放送から一〇年も経った、
平成十七年、大学生時代のことだった。
けれど、
「あんな景色がアニメに出てくる」
ということにやっぱり異和感があったし、
(自分はそんなにアニメイションを
視ているわけではないけれど、)
今なお、はじめて
「エヴァンゲリオン」を視たときに
感じたのと同じ、あの、
「風景にちょっとドキドキする感じ」
というのを、感じたことがない。

(あえて近い感覚を挙げるとすれば、
作品も風景も全く違うけれど、
「惡の華」がある)

■と、こんな風に感じていたのは、
もちろん圏央道沿線の人だけではないだろう。

実際、自分がはじめて
長野県飯田市というところに行き、
南アルプスと、送電線を眺めたとき、
「すごい!
“エヴァンゲリオン”みたいな景色だ!」
と思った覚えがある。

おそらく、
日本の「田舎」と言われる場所に住む人なら、
「エヴァンゲリオン」を視ていて、
どこかで同じように感じたのではないか。
「これは俺の知ってる景色だ」と-。

「エヴァンゲリオン」は、
まぎれもなく「日本」が舞台であることで、
視聴者に奇妙な既視感と異和感を運んだのだと思う。

■もっとも、今ではこの感覚は
少し分かりにくいかもしれない。
実際に「エヴァンゲリオン型の新幹線」が、
広大な田んぼの中の高架を走っていたりするからだ。
現実はずいぶん現実的でなくなった。

令和元年六月三十日
明瀬祐介(あかせゆうすけ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk

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