アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

学校は勉強を教えるな。

投稿日:2019年7月13日 更新日:

■前々回くらいから長々と、

「中学入試や大学入試の、
“範囲を絞った上での
難問奇問・スピード勝負・ノーミス狙い”
での競争ってまじで意味ねえよな」

「そもそも効率考えるなら
中高行かないで
大検(高認)受けるのが
時間効率・金銭効率が最高だよな」

「でも中高のメリットって
勉強以外の、人との交流とかだよな」

「特に部活だよ部活!」

「学校では勉強なんか教えずに
部活だけやってりゃいいんだよ!」

という持論について語ってきた。

「ゆとり教育」だと試験は難しくなる。
https://acsusk.com/20190710-1-yutori/

受験算数ってまじで無意味な代物だよな。
https://acsusk.com/20190711-1-sansuu/

学校は部活だけやってくれりゃいいんだよ!
https://acsusk.com/20190712-1-bukatsu/


■というわけで言ってしまうと、
まず、私は学校の算数とか理科とかの授業、
つまり座学は、 全部検定試験に
してしまえばよい
と思う。
社会をひとつの単位制・通信制学校にしてしまうのだ。

(いたって平凡な意見なので、
似たようなことは
誰かが唱えているんだろうけれど、
見つからなかった。
「反学校論」とも微妙に異なる、
学校による「社会化」の技能を重視するものだし、
「アクティヴラーニング」的なものとも異なる、
「詰込み教育」「知識偏重」のものだ)


■今の学校に
テストセンターみたいな機能を持たせ、
単元ごとのテストを、
好きな日に受けられるようにする。

問題はその単元の基礎的なレヴェルで、
難しくない、「普通の問題」がよい。

内容はひらがな、数字の読み書きから、
大学の教養科目・専門基礎科目くらいまで、
ペイパーテストで測れるもの全部だ。

必要な問題集とか、教科書は
もちろん無償で貸し出し、
インターネットでダウンロードできるようにすればよい。
オンライン授業も作り、
今の学校には、
質問に行けば無償で答えてくれるチューターも
毎日待機だ。

きれいなデザインのカードを作り、
そこにかわいいシールをはっていけば楽しい。

一定数合格すれば
「○○さんに○級の算数の学力があることを証明します」
というカードを出し、そのカードが集まれば、
「○○さんに〇級の学力があることを証明します」
という賞状を出す。
その賞状の集合を、
こんにちの「学歴」の代わりのパスにしていく。

生涯学習の時代だ。
〇歳児から一〇〇歳超えまで
受けたい者が受けるのだ。


■この制度下では、まず、
今の高学力層たちは、
確実に楽しい
はずだ。
これならば私が再三指摘した
「中学入試」「大学入試」の際の
「範囲を絞った中での
難問奇問・スピード勝負・ノーミス狙い」
での、不毛な競争もない。

これまでその訓練をしてきた時間に、
着々と次のシールを集めていく
だろう。

「日本の若者は
高校までは優秀だが、
大学で途端に勉強しなくなる」
などと言われる。
これが正しいとすると、
「日本の高学力層は
高校までの知識は充分にあるが、
大学基礎科目ぶんの知識は少ない」
ということになろう。
(「自分の学部の専門科目の知識はあるけれど、
他学部の基礎科目に当たる知識は少ない」
というのも含めて)

しかし、この制度下であれば、
できる子は若いうちにシールを
勝手に集めたくなるだろうから、
世の中における大学基礎科目の浸透度は
飛躍的に向上する
のではないか。


■逆に、
「できない子」「落ちこぼれ」
についてはどうか。

まず、実は私は、
現在、「落ちこぼれ」と言われてきた人の、
何割かは、本当は落ちこぼれではなかった

と思っている。

彼らの多くは、
「競争試験」が人と比べて苦手だったり、
モティヴェイションが持てなかっただけ
だ。
それも、例の「範囲縛り」でやたら難しい、
「変な試験」が-。

私は中学校しか卒業していない人を
何人か知っているが、
(勉強が苦手で
中卒になった人ばかりではないけれど)、
みんな社会常識もあるし、
仕事に必要な計算もできる。
読み書きだってもちろん問題ない。
(もちろんそれは現状の制度のためとも言えるが、
少なくとも
「バカだから勉強ができなかった」
わけではない)

たとえばみな運転免許を持っているが、
あの筆記試験も学力に近い能力がないと
九割は取れないものだと思う。
(ちなみに私は一回落ちた)

「基本問題のみ、
時間制限ほぼなしで
七割取ったら合格」
という試験であれば、
「落ちこぼれ」と言われる層は
かなり少なくなるのではないか。
(これこそが「ゆとり教育」の
本来の目的であったはずだが、
競争はそのまま残したため、
何の役にも立たなかった)


■もちろん「落ちこぼれ」が
ゼロになるわけではないし、
多様な理由があるだろうから、
公的サポートをすべきだろう。

特に家庭の事情による
教育格差が発生してしまう
危険性には配慮が必要だ。

だから、学校を全廃せず、
毎日小テストを行なうなどの
ペイスメイカー的な要素を加えてもよいし、
あまりに苦手な子には
強制的に補習を受けさせるのもありだ。
(特に、仮名と数字だけは読めないと
「自習」自体ができないので
最初だけはかなり手厚いサポートが
必要かもしれない)


■あるいは、
「単位がパスになる」
といったあいまいなものだけだと、
教育不熱心な家庭では勉強させなくなる、
という危険がある。
これを防ぐため、
「一単位取得するごとに五千円」
と言った現金インセンティヴをつける、
という手段が考えられよう。

こうなれば貧困家庭ほど
子どもを熱心に勉強させるようになる。
もしこの制度を本気で導入するのであれば
今まで学校教育にかかっていた
コストは大幅に削減されるので、
これくらいなら賄えるはずだ。


■で、学校では、
今の「部活」「実習」みたいなことばっかり
やる
わけである。
それについては後日書くかもしれない。

もちろんここで私が書いたところで
何の影響力もないのだが、
読んだ人がいれば
それぞれ何かしら
考えてくれれば幸いである。

令和元年七月十三日
明瀬祐介(あかせゆうすけ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/


(補足)
■ここで、
「今はインターネットで
なんでも調べることができるから、
知識や勉強なんて
そんなに要らないんじゃないか」
という人がいよう。

が、今のインターネット時代でも、
考えることができている人たちというのは、
相当に知識がある人たちである。
アスリートやアーティスト以外で、
お金を稼いでいる人、 影響力がある人、
と言うのは、誰を思い浮かべてもよいが、
やはり相応に物識りではないか。

もちろん
「人工知能の発展により、
考える能力すら不要になる」
という意見もあるだろう。
それがどれだけ確かなのか
私には分からない。
さすがに
識字能力や簡単な計算能力、一般常識まで
いきなり不要になることはないと思うが、どうか。

いずれにしても、であればなおさら
学校で勉強なんかやっている
場合ではないのだ。

-所感

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