アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

「育ったウェブプラットフォーム」が、「世代」を分ける。

投稿日:2019年7月20日 更新日:

■先日、
「私たち一九八五年前後生まれの世代は
若い時代にSNSがなかったのもあって
“若者の流行”を作り出せなかった」
ということを述べた。

実はこの視点には先達がいて、
佐藤喬と言う人が「1982」という本で、
ほぼ同じことを言っている。

https://www.sankei.com/premium/news/160521/prm1605210024-n1.html


■ただ、前回も書いたけれど、
一九八五年・一九八六年度生まれは、
この「名前のない世代」からもハブられている。
( 英語で「1980s」は一九八一年からだけれど、
日本の「一九八〇年代前半」は、
ふつう八〇年から八四年まででろう)


■これは、「ゆとり世代」の期間設定に問題がある。
一九八七年生まれから二〇〇三年生まれまで、十七年間、
昭和生まれから二十一世紀生まれまで含まれるって、
世代をくくるにはさすがに長すぎる
でしょう。
団塊よりも遥かに多い、日本最大の「世代」になってしまう。
「ゆとり」という名称にイムパクトがありすぎたのが悪い。

人口動態による「団塊」や「団塊ジュニア」、
就活時期の「バブル」や「氷河期」、
気質の「シラケ」や「新人類」などと違って
「ゆとり」は学習指導要領によるものだが、
実際は「ゆとり教育」があったからといって
何かがかわるわけではない。

若者の気質や文化に
影響を与えるのものがあるとすれば、
学習指導要領ではなく世相や生活環境だ。

「たまたまゆとり学習指導要領」だった、
という「ゆとり世代」で何かを論じるのがおかしい。


■世相や文化で表すなら、
本当はこの方が近い。
「だいたい一九八〇年代生まれ一杯が
“名前のない世代”で、
一九九〇年生まれくらいから
“ニコニコ世代”が
はじまる

(もちろん「世代」にはグラデイションがあって、
前の「世代」の後ろと
後の「世代」の最初の方が、
ひとつの「世代」の最初と最後よりも近いのですが)


■と、私が「ニコニコ」を重視するのは、
若者が再び「若者の流行」を作り出したのが、
おそらく 「ニコニコ動画」が二〇〇六年に、
「初音ミク」が二〇〇七年にできて以降
だと思うからだ。

そして、一番影響力があったのは
おそらく古参フアンが
「黄金期」と呼ぶ初期ではなく、
「黄金期」が終わった二〇〇九年より後、
二〇一三年くらいまでだろう。
(こういう普及と低年齢化を古参フアンは劣化というわけだ)
「千本桜」は二〇一一年だ。

米津玄師は一九九〇年度生まれ、
ということなので、この辺りが第一世代ではないか。

コメントの中心層は
当時の中高生と大学の一・二回生で、
ほぼ一九九〇年代生まれと重なると思う。
(統計的なデイタはない)。

「ニコニコ動画」や「初音ミク」が登場したころ、
「2ちゃんねる」にいた私たちは、
基本的に「ニコニコ動画」を嫌悪していた。
「ゆとり御用達メディア」と-。
これは、今思えば、
「名前のない世代」から、
何かを作り出すことができる
「ニコニコ世代」への羨望の現れだった。


■このあと、若者の流行がどうなったのか
私は知らない。
(そもそも「ニコニコ動画」についても
あやふやである)
敢えて言うならば、
「ニコニコ動画」「初音ミク」
の時代までは、
「ウェブで何かを発信する」
ということは、
まだギリギリ「オタクの嗜み」だった
ように思う。

今の「TikTok」、「Instagram」、
それに「YT」にそういう香りは全くないと思うので、
(あるいはオタクがリア充になった)
そこにまた一段断絶があり、
もう一つ世代を区切るとすれば
このあたりにあるのかもしれない。
(が、よく分からない)


■こうしてみていくと、
二〇〇〇年以降で「世代」を表すのは、
「2ch(で育った)世代」
「ニコニコ(で育った)世代」
「Instagram(で育った)世代」のような、
「その人が”育った”ウェブプラットフォームなんだな」

という感じがしてくる。

TV番組や漫画はもう対象年齢が幅広いので
「○○世代」という言葉を使うのに向かない。

が、「人が最初に育つプラットフォーム」は、
ウェブデビュの時期が、
ほぼ小学校高学年から中学生くらいに
限定されるだろうし、
ウェブプラットフォームの流行も速いので、
「世代」を測るのに最適だ。
(逆にウェブデビュの時期が前後して
“育った”プラットフォームが
同じであれば、多少世代が違っても
いろいろ似てくるので、
「自分は前の世代だ」
と名乗ることもできる)

これは、現実の世代や出身地に
匹敵するとまでは行かないまでも、
その次ぐらいには、
人生に影響を与えてくるのではあるまいか。

例えば私は「2ちゃんねる」に育てられた、
という恥ずかしいところがあり、
それが考え方とかメンタリティに
影響を与えてしまったような気がする。

令和元年七月二〇日
明瀬祐介(アカセ・ユウスケ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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