アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

「愚公移山」と「半日村」。

投稿日:2019年7月27日 更新日:

■「愚公移山」
(「愚公、山を移す」)
と言う故事は、
毛沢東に引用されたという
歴史的経緯から、
すっかり使いづらくなってしまった。


■ある山あいの村で、
一人の老人が、村を興すために
山を動かそうとする。
別の老人がそれを止めるが、
気にも留めず、山を動かす事業を開始する-。

最後は天が助けてくれる点で
物語としてかなりいまいちだ。
似たような話はいろいろある。

それでもなお、二点のみ、
この故事は、
ずっと語り継がれるべき
強さを持っている。


■まず、山を移す事業を
無理だと批判された老人が返す、
この台詞だろう。

山は大きくならない。
人間には子も孫もいる。
続けていけば、いつかは山を移動できる
」-。

なんという説得力。
そう返されると、
「いや、確かにそうだけど…」
としか言いようがない強さ。
これがまず一点だ。


■そしてもう一点、
こちらの方がより感心するのだけれど、
山の移動をやってのけてしまう人が
「愚公」で、
それを批判する人を

「智叟」としたところだろう

ここに、この故事の普遍的魅力がある。


■これを思い出すたび
自分について考える。

私はいままで多くの後悔をしてきたが、
原因の多くは
「愚かさが不足していた」
点にあるのではないか。

他にも、そういう人はきっといる。
世の中の後悔の何割かは、
人が愚かだったことにではなく、
賢かったことにこそ起因する


■ところで、この故事をうけてなのかどうか、
斎藤隆介の絵本にも「半日村」というのがあった。
滝平二郎の、あの誰もが見たことがある
絵柄の挿絵(版画か切り絵か)が独特だ。
https://www.iwasakishoten.co.jp/book/b192944.html


■やはり、山あいにあり、
一日の半分しか太陽の当たらない村。
稲の出来は悪く、人々の暮らしは貧しく、
生まれた場所が悪かったと諦めている人々。

ところが、一人の少年がある日、
山の石を削って、袋で運んで湖を埋めるという
行動をとりはじめる。

当初バカにしていた別の子供たちだが、
毎日やっているのを見て、
少年を真似して遊び始める。

大人たちももちろん
山を動かせるなんて信じていない。
が、少年たちが袋で土を
運んでいるのを見て
思わず言ってしまう。

「ばっかだなあ。
袋なんかじゃはかがいかねえ。
(はかどらん)
そういうときはもっこ(梩)を使うもんだ」-


■この話も好きな話なのだが、
何がいいって、誰もこの少年の目標に
賛同していない
点だ。
「それはええ考えじゃ」とか
「おまえはえらい奴だ」
とか言う人は一人もいない

少年が自己犠牲的にやろうとしてる風でもないし、
他の人もその行動や理念に
胸を打たれている風でもない。
もし、これがそういう物語であれば、
きっともっと感動的だっただろう。

しかし、子どもたちはただ遊んでいるだけである。
最初に助けてくれる大人も、
ただ少年たちのやり方が下手なのが、
もどかしくなって
「ああもうっ!」
という感じで教えてくれている。

この、利益のためでもないが、
かといって犠牲的でも献身的でもない、
意義も理念も信じていない、
そういう、感動的な話でないところにこそ、
私は感動するのだ

令和元年七月二十七日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感,

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