アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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作戦 所感

関西の貧乏学生はフェリーで上海行っとけ。

投稿日:2019年8月3日 更新日:

■大学生活の六年目、
二〇一〇(平成二十二)年の夏、
船でひとり、上海に行った。

神戸から出ている「新鑑真号」に乗り、
三泊四日だったかで、
帰りは大阪への「蘇州号」に乗ったのだ。
(これだと往復割引がなくて、
本当はもったいない)
泊まったのはユースホステル。

五年前の愛・地球博が楽しかった俺は、
その年開催中の上海万博が、
どうしても見たかったのだ。


■「海外は高校の修学旅行以外未経験」
という、温室育ちで、
ずっと漫画やTVをみて、
学校とサークルとアルバイトくらいが
世界だった俺にとって、
これは結構な冒険だった。

親は反対したし、
実際、やっぱりちょっと不安だった。


■海外旅行はそれっきり、
国内旅行もあんまりしない俺が
言うのも変なのだが、
特に関西に住む貧乏大学生、
俺のようにぬくぬくと育ってきた学生には、
ぜひこれを勧めておきたい。

俺は六回生のときだったけれど、
できれば一回生のときに
行っておくとよい。

交通費は往復で最安二七,〇〇〇円。
ホステルは一泊三,〇〇〇円くらいだったか。
一週間でも往復交通費+宿泊費で四〇,〇〇〇円
くらいだろうから、
食費、お土産代、
その他の交通費、予備などを入れても
貧乏学生でも、なんとか貯められるのではないか。

また、中国はいまや富裕国であり、
上海は巨大都市だから、
「海外は不安」
という人でも
発展途上国や地方部に比べると
精神的バリアーが低いはずだ。


■海に一日揺られる、
というのは、人によっては
一生ないかもしれない。

おそらく、これは絶対に感動する。

よほど臨海部に住んでいない限り、
まず「海」というものが自体が非日常だし、
主に「見る」ものだ。

その海に「いる」という、
どうしようもない不安。

明石海峡大橋から始まる、瀬戸内の旅。
帰りは夜に光り輝くコンビナートが見られる。
関門を抜け、九州を離れると、
もう「絶海」という感じになり、
甲板に出るとトビウオが跳ねている。
上海に近づいたときの、
長江の濁った水と、巨大な貨物港。


■船には、いろんなひとがいる。
甲板に出て、
挨拶くらいできれば、
少しは会話になった。

里帰りする華人や、留学生。
何か月も仕事を休んで海外旅行をする
ヨーロッパ人。
日本人では学生とバックパッカー。
怪しいものを輸入している商人もいた。
(自分で言っていた)

気のいいおじさん(神戸の華人)がいて、
夜、缶ビールを片手に
その人と若者たちとの、
ちょっとした宴会になった。

これはひとつは船旅の特性である。
相手だってやっぱり孤独なのだ。

もうひとつは若さ特権かもしれない。
年上の人にとって、
「話しかけてくる若者」
というのは貴重なのだ。
これが、若いうちに行くとよい理由の一つだ。


■ホステルで一緒の部屋だったのは
ベルギー人の夫婦と、
カナダ人(ケベック州)の若い女性だった。

俺は英語は簡単な日常会話くらいで、
中国語は永遠の入門クラス。
そして以前にも書いた通り、
当時はいろんな外国語の初等クラスにいた。
https://acsusk.com/20190728-1-dai2gaikokugo/
その程度でも話せてよかったなと思う。

夜は、ホステルのカフェ(?)で
中国人の若者とテーブルを囲んだ。
一人は日本語を勉強している女の子だった。
当時はちょうど尖閣諸島問題が
一番激化している時期だったが、
誰も、何の嫌悪も見せなかった。
(まあ個人だし)


■日本の漫画が好きな人、
というのはやっぱりいて、
「Do you know Naruto?」
と聞かれたことがある。
私は「NARUTO」を読んだことがなく、
何も答えられなかったけど。

また、ヨーロッパのサッカーというのは
ヨーロッパ人・中国人双方に人気があるので、
もともと好きな人ならよいネタになるだろう。
それも私は入り込めなかった。

そういうのからはじまり、
いろんな人との会話で、
「自分が何ももっていない」
ということも分かる。

ホステルのカフェの男は、
当時二十歳そこそこで、
ずっとそこで働いており、
英語はぺらぺらだった。

船で話した人たちも、
ホステルで逢った人たちも、
それぞれいろんな経験をしている。

自分の経験だって
決してゼロではないけれど、
「薄い」という感じが否めない。


■そういう、ちょっとした冒険で、
自分の「なさ」を感じさせる
経験だったけれど、
自分がその後、それをきっかけに
すごく成長した、
というわけではない。

これは怠惰もあるけれど、
「気づくのが遅かった」
というのもやっぱり少しある。

俺が行ったのは六回生のときだったけれど、
一回生のときに行っていれば
大学時代の過ごし方が
違ったはずだ。

これが若いうちに行ってほしい
二つ目の理由である。


■史上最大の博覧会となった上海万博。
当時上海一の高さだった国際金融中心。
豫園で高値の土産を売る商人との値引き交渉。
音もなく後ろから抜きさっていく電動バイク。
ローラーつきの靴で滑る商人が
夜空に飛ばす、
光る竹とんぼのような、美しいおもちゃ。

おそらく中国は
わずか十年の間に変わっているはずで、
今行っても、
俺と同じ体験はできないだろう。

きっと、もっと面白い冒険が
できるはずである。
もっと高い建物が建っている。
俺は現金で土産を買っていたけれど、
今は使えない、なんて話も耳にする。

繰り返しになるが、
特に関西の学生の方は
ぜひ若いうちに、
少しだけ英語を勉強し、
少しだけお金をため、
船で上海に行ってみてほしい。

そして、
俺の見立てが正しければ、
一回生でこの旅をした学生は、
きっと学生のうちに、
このような旅をもう一度、
あるいはもう何度もするようになる。
それくらい楽しいのだ。

令和元年八月三日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-作戦, 所感

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