アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

高校理科は大学で同じ科目やる人には二度手間だ。

投稿日:2019年8月7日 更新日:

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■大学で落第を繰り返してきた私が
大学の理科について発言しても
ぷぷぷっ
と笑われてしまうのだが、
蛮勇を振るって書こう。

高校理科って、
大学で同じ科目やる人には、
「二度手間の一回目」
の部分が強くて、著しく非効率だ


■もちろん大学の化学や物理と
高校の物理や化学はレヴェルが段違いではある。

しかし例えば「力学」なんかは
大学で新しい現象を習っているわけではない。
同じ「質点」「剛体」の運動の解析だ。
「高校物理で使わなかった
微分積分やヴェクトル解析(の、ほんの一部)を
使ってやってみましょう」
というのが大学の物理である。
ちなみに微分積分は、
高校数学で習う。
ヴェクトル解析を履修する
大学一年生も多い。

なぜあとちょっとがんばって
高校物理を最初から

微分積分・ヴェクトル解析込みでやらんのだ。


■化学にもそういう部分がある。
物理化学・理論化学・量子化学、
そして無機化学はそうでもなく、
段違いに難しい。
(ただし、高校の無機化学には別の問題がある)
分析化学や生化学、高分子化学は
本格的に学ぶのが大学になってからだ。

そんな中、
妙に二度手間感が強いのが
有機化学
だ。
もちろん大学の有機化学は
「電子の流れ」「反応機構」
というのが入るし、
取り扱う反応も増える。

が、正直言えば
大学の有機化学の教科書の、
練習問題の何割かは、
「アルカンの命名法」
「名前から化合物の形を描く」
みたいなのが占めている。
これらは高校生でも解けるだろう。

高校化学で反応を学び、
その「なぜ」の部分を大学で
学んでいるわけだが、
それなら最初から高校の有機化学を
反応機構込みで教えればいい
思うのだが、どうだろうか。


■これらは、大学の理科の教科書で
アメリカの教科書を使っているから、
という原因もある。

私もよく知らないが
アメリカの高校と日本の高校だと
課程が違うため、
アメリカの教科書を日本の大学で使うと、
こうしたダブりが出てくるのだろう。


■もちろん高校理科は
大学で理科を学ぶことを
前提としなくてよい。
高校理科は、その後いろんな職業に就く
若者たちに、教養として、あるいは業務上
知っておいてほしい理科知識を
学んでもらうためのものだ。

そう、高校理科は、
多くの国民が学ぶためのものだが、
それでいくと、
今度は逆に難しすぎる。

化学だけで言うと、
高校化学は文系も学ぶ。
受験には
数学系も物理系も機械系も電気系も土木建築系も情報系も使う
のだ。
その彼らが
「エタノールと硫酸が反応するとき、
一四〇℃だと…
一七〇℃だと…」とか、
「マルコフニコフ則」とか
必死に覚えているわけで、
これはやっぱり問題があるのではないか。
(現在、マルコフニコフは
出てこないかもしれない。
あれはあれで面白いけど)

ちなみにこれに近いことは
ここでも述べられている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/57/4/57_4_224/_pdf
(東大生産技術研究所教授・渡辺正による文)


■というわけで、
乱暴な結論を言えば、
高校化学や高校物理は
ほぼすべてやらなくていい

みんなに知ってほしい知識だけ、
今の「化学基礎」「物理基礎」の、
そのまた半分くらいでいい

「じゃあその時間は遊んでるのか、
ゆとり乙
というと、そんなわけではもちろんなく、
その時間に微分方程式とか
ヴェクトル解析とか
複素関数とかやってしまう
わけである。
その後一気にスパートする、
という設計にしてしまえば
日本はたちまち科学大国だ。

令和元年八月七日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/


■同様のことはここにも書いたけど。

-所感

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