アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

「アマチュア」の純粋な楽しさ・美しさってのはやっぱりある。

投稿日:2019年8月11日 更新日:

■もうあんまり誰も視ていないかもしれないが、
「いだてん」が面白い。

オウプニングだけでも泣ける。
なんかあのオウプニング映像、
「人間の営みの偉大さ」
みたいなのを感じませんか?


■ 「いだてん」の時代の
オリムピック大会を見ていると思うのは、
今はほとんど失われてしまった
「アマチュアリズム」の
美しさだ。

現在、
「”プロフェッショナル”が上等」で、
「”アマチュア”は
“プロフェッショナル”になれない人」
みたいな印象がついてしまったけれど、
かつては、
「アマチュアリズム」というのが生きていて、
「(ほんとに学業が本分の)学生」とか、
「(ほんとに他の職業が本分の)職業人」が、
放課後や定時後や、休日だけ練習して、
その技を競う、という理想があったのだ。


■実際は国威発揚のために
プロフェッショナルのように
日夜練習する人がいたり、
学校や企業の広報のためにがんばる
人ができたりして、
アマチュアリズムは建前になっていく。

また、アマチュアは基本的に
競技で金を受け取るわけではないから、
他の職業で生計を立てる必要があったし、
オリムピック大会の金メダリストですら
そんなに大金持ちになるわけではなかったりした。


■「”アマチュアリズム”
なんてどうせ建前なんだし、
その建前をなくして、
プロフェッショナル化していって、
いろんなメリットを享受しようぜ」
というのが、ここ三十年あまりの趨勢だ。

たぶんオリムピック大会だと
昭和五十九(一九八四)年の
ロスエンヂェルス大会から、
だと思う。

それは間違いなく良いことだし、
不可逆の流れだとも思う。

プロフェッショナルは
生活の全時間帯をその競技に使えるから、
間違いなくレヴェルは上がる。
さらに、大金を稼ぐことになれば
若者を呼び寄せるし、
選手もうれしい。

実際、サッカーだって
Jリーグができ、大幅にレヴェルが上がった。
海外でもボスマン判決以前は、
母国のティームでのんびりやる、
という感じも残っていたのだと思うけれど、
ボスマン判決以降、
一年に何十億円と稼ぐようになって、
どんどんどんどんレヴェルは
上がっていったのだろう。

eスポーツも、きっとそうなっていく。


■ただやっぱり
プロフェッショナルになるとき、
メジャーになるとき、
失われる何かはある。

アマチュア・マイナーであるうちは、
「弟の友達」とか、「職場の同僚」とかが
全国大会や世界大会に出ている。
どこかで自分たちの延長線上にある人たちだ。
競技者自身が運営までやっていたりする。
一年に一回出会う世界のライヴァルも
「敵」というより「仲間」の面が強いだろう。

以前、TVで、
広島県の廿日市(はつかいし)市 での
けん玉の世界大会の様子を見た。
世界中からけん玉の強者が集まり、
夜、祭りのようになり、
商店街でビールを飲みながら
けん玉に興じていて、
すごくいいよなあ、と思い、
神話性すら感じたのだが、
そういうのは
プロフェッショナル化・メジャー化すると
なくなってしまうだろう。


■プレイヤーの側にだって、
おそらくそういう部分がある。

「グループAとBにパズルを解いてもらう」
という実験があった(エドワードデスィ)。
途中で、Bにだけ
「報酬がある」
と言われたところ、
グループBは、報酬がなくなったとき、
休み時間にパズルを解くのを辞めてしまったらしい。
報酬のないAは、そして報酬を知る前のBも、
休み時間にパズルを解きつづけていたのに。

「アマチュアは将棋で楽しみ、
プロは苦しむ」
との言葉があるが、やっぱり金がかかると
「楽しさ」も少し薄れてしまう。


■現在では、
ヨーロッパチャンピオンズリーグの方が、
FIFAワールドカップよりも
レヴェルが高いと言われるが、
むしろこの時代に、FIFAワールドカップは
かなり頑張っていると思う。

金銭的報酬は間接的にはあるけれど
(ビッグクラブからスカウトされたり)、
直接的にはさほど高いわけでもない。
プレイヤーたちは純粋に
「母国のため」
「このティームで勝ちたい」
という精神的動機だけで戦っているのだ。

イチローは、
「最初から
“このティームで勝ちたい”
と思ったのはWBCの時だけ。
他は自分のためにプレイしていた」
と言った。

「国別対抗戦はナショナリズムの発露」
みたいに、ネガティヴに取られることもあるけれど、
「”国別対抗戦”のときだけ、
アマチュアのころの精神に戻る」
という現象さえあって、
「国別対抗戦」の感動は、
その純粋さにもあるのだ。

「ガチの部活」
をやったことがある人は分かると思うが、
(俺はないので分からないけど)
「そこだけに生まれる純粋な熱さのようなもの」
というのはやはりあると思う。


■「じゃあどうしたらいいんだよ!」
というのが私には分からない。

資本主義が与えるプラスの影響というのも
大きく、それを利用しない手はないからだ。

また、
「アマチュアはいいよね」
といってアマチュアだけに絞っても、
メジャー化するにつれ、
「プロフェッショナル的なアマチュア」
が出てきて、結局欺瞞になってしまう。
アマチュアリズムというのは
社会主義的に「規制」で守るものではない。

あえていうなれば
「プロフェッショナル・メジャーになるときに
失われるアマチュア・マイナーの良さ」
というのを再認識して、
一度プロフェッショナルになった人なんかも含めて、
アマチュア的に頑張れたり、交流したりする場が
あるとよいのではないか。

もっと祭り的な、のんびりした
スポーツの場があってよい。

令和元年八月十一日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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