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小劇場演劇のメジャー化について。

投稿日:2019年8月12日 更新日:

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■おそらくこの話は
何百回とされてきたと思うのだが、
「面白いのにメジャーになれない小劇場演劇がある」
問題について考えてみた。


■学生のとき、小劇場を、いくつか観た。
全部観てきたわけではない、
というか、ほとんど観ていない。

さて、この小劇場演劇だが、
控えめに言って、七割以上は
「誰が観ても、つまらない」

残りは面白いのだが、
それもいくつかに分かれる。
まずはその面白さの程度、
「すごく面白い」から
「ちょっと面白い」まで幅広いけど、
ここでは「すごく」と
「ちょっと」に分けよう。

そしてもう一つは、タイプの問題だ。
(メジャー化を目指しているかは別として)
「メジャー化に向く」「万人に受ける」か、
「面白いけど、メジャー化には不向き」
「面白いけど、万人には受けない」か-。

割合はともかく、
どのジャンルにも(音楽とか)、
おそらくこんな構図があると思う。

(A-1)
タイプとしてはメジャー向きで、すごく面白い
(五%)

(A-2)
タイプとしてはメジャー向きだが、ちょっと面白いくらい
(一〇%)

(B-1)
タイプとしてメジャー不向きだが、すごく面白い
(五%)

(B-2)
タイプとしてメジャー不向きで、ちょっと面白いくらい
(一〇%)

(C)
誰が観てもつまらない
(七〇%)

そして、今回は、
「これらがメジャーを目指す」
ということについて考えてみる。
(「メジャーを目指す必要があるのか」
については後述)


■まず、(C)は
むしろメジャーにならないでもらいたい。
まずは(A-2)か(B-2)を目指してがんばれ。

(A-2)(B-2)も、
「メジャーになりたい」
と言う前に(A-1)(B-1)を目指して、
芸を磨くべきだ。
(B-1)もひとまず措こう。

ちょっと残念なのは、
“内容としてはメジャー向きで、
しかもすごく面白い”、
(A-1)が仮に
メジャーになりたくても
メジャーになる術が少ない

ということで、
(A-1)くらいになると、
そのマイナー界
(この場合では小劇場演劇界)
では誰もが知る、
マイナー界のメジャーになっている。
実際、誰が観ても面白い。

その(A-1)をもってしても、
メジャーを目指して
メジャーになかなかなれない。
例えば、TVや映画や大劇場とのルートは少ない。
ヂヤンルの壁のような問題があるのだ。
(ただし、後述のように、本人たちの努力不足もある)

そして、小劇場演劇では(A-1)でも
「食っていく」のはやっぱり難しい。
そこにちょっと地団駄が出る。

(私はそういう立場ではなく、
他人事ながら余計なお世話を言っているだけである)


■そして、こうも思う。
「(B-1)も、メジャー向きではないとは言え、
もう少しメジャーになっていいよなあ」
と-。

もちろん(B-1)はそもそも志向として
メジャーを目指していないのだが、
それにしても、(A-1)ともども、
知りさえすれば、出会いさえすれば、
きっと好きになる、潜在的なフアンは、
実際よりも一杯いるはずなのに、
マッチングがうまくいってないよなあ

という気がするのだ。


■ところで、こう言っておいてなんだが、
メジャーは絶対的な価値ではない」。

これはひがみとか負け惜しみに
聞こえてしまうだろうし、
そう取っていただいてかまわないのだが、
「有名」と「良い」はやっぱり
(強い相関はあるけれど、)別物だ。

音楽でもなんでも、
「売れる」のが唯一の価値みたいな
基準が変わったらなあ、と-。

フィクションには、よく、
夢破れた
「売れないミュージシャン」とか
「売れない役者」が出てくる。

「売れる」のが
物語の目標となるもの、
「マクガフィン」
として使われているのだろうから、
仕方ないけれど、
いや、「売れる」こと以外に
価値や目標があっていいだろうよ、
といつも思う。


■たまに、
「小劇場演劇の役者
(に限らず、舞台中心の役者)を、
TVに出たいけど出られない人」
のように思っている人がいるけれど、
ここで力説しておくと、
それは多くの場合違う。

ただ、これはどうしようもない問題があって、
現在の世の中では
「売れない」と「食っていけない」から、
「売れる」のを目指すのは仕方がない。

そして、「食っていける」役者は、
ほぼTVや映画の役者だ。

ただ、何というか、
もう少しだけ世間が
「売れる」「メジャー化」と「面白さ」を
分けてくれたらなあ、
と、切に感じるのだ。

もしこれを読んでいる人が、
少しでも何か感じてくださればうれしい。


■さて、世を拗ねていてもしかたがない。

この
「面白いのにメジャーになれない」
問題には、もちろん当人たちの責任もある。

まず、業界への要望なのだが、
(A-1)(B-1)を業界全体で盛り立ててほしい

初見の人にも、
「どれが(A-1)(B-1)で、
どれが(C)なのか」
はすぐに分かる仕組みが必要だ。

どうも演劇にはポストモダアン的な思考があるのか、
業界団体・統括団体というものがほぼないし、
アート的に、
「どれが面白いのかは人それぞれ」
「権威に拠らない」
「競争はしない」
みたいな思考があるのか知らないが、
とにかくどれが面白いのか分からんのだ。

賞を作るのでもいいし、
「目利き」のような存在でもいい。
メジャー化でもマイナー中のメジャー化でもいいが、
ちゃんと(A-1)(B-1)を押し上げて
アピールすべきだ。

あるいは、影響力がある人を
無料で招待するなり、
接待するなりもやったらいい

みんな奥ゆかしいのか、
こういう方法をいやがる。
けど、何でもやってみるべきだろう。


■そしてもう一つ、
ウェブを一〇〇%活用してきたか、
自問すべきだ

ウェブはある意味でこの構図を変えた。
昔の人が読んだら、
上に書いたのが全部言い訳に聞こえるくらいだろう。

「YT」や
「ニコニコ動画」や
「小説家になろう」などが、
「全国どこにいてもメジャーになれる」
「食っていける」
という構図に、社会を近づけている。

ただそうは言っても、
そうは行かないのも分かる。
演劇の他、演芸とか、ある種の音楽とか、
祭りのようなイヴェントとか、
ライヴでこそ面白いものというのは
「YT」や「ニコニコ動画」でも
なかなか面白さが伝えにくく、
似て非なる、別の技術が必要になる。

ただ、それでも、がんばって、
「これはもしかすると
本物を観ると面白いのでは?」

と感じてもらえる仕組みが必要だ。


■例えば、舞台が面白かったので
DVDを買ったことがあるのだが、
舞台ほど面白くない。
ある程度は仕方がないとして、
撮影のしかたで、もう少し
「低減率」を下げる工夫が
あるのではないか。

私が買ったDVDは、
ただ演劇をそのまま撮影しただけだったが、
観客の携帯電話の着信音も入っていて、
一気に興醒めしてしまった。
できるかどうかは別として、
撮影のために観客を集める、
「撮影のため公演」
であれば、
そのようなことはなかっただろう。


■以上のような議論は、
おそらく全国のいろんな分野でみられると思う。

「メジャー化だけが価値ではない」
とは疑いなく信じており、しかし、
「実際に見てみれば
きっと好きになってくれるであろう
人にも届かない」
という意味で、
「もう少しだけメジャーになりたい」
と-。

当事者でも何でもない
(それほど愛好家ですらない)
私が言うのも変だし、
「お前に言われんでも分かっとる」
「いや、全然的外れ」
と思われるかもしれない。

ただ、「面白いけど知られていない」のは、
やっぱり残念だと思う。
世の中全体としてもそうだし、
私個人も、どこかにある面白い物に
出会えないままなのは残念だ。

何割かは世の中構造的な問題もあるので、
改善されんことを願う。
そして半分以上は工夫次第だ。

というわけで
「売れない演劇人はユーチューバーやれよ!
最初は恥掻くだけだろうけど、
舞台に比べりゃ大したことねえだろ!」

と、勝手なことを言って、
本項を締めておきたい。

令和元年八月十二日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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