アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

茨城県南につくばがある異和感。

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■先日、
自分の通った中学高校が
「東京に近い」
「田舎の」
「私立」
「共学」
「新設」
「中高一貫校」
だったため、
異様にハイソサイエティ志向で、
安全で快適で閉鎖的なリア充空間を
作っていて、
今考えるとすごく気持ち悪い場所だった、
と書いた。

この気持ちの半分は、結局、
「茨城県南につくばがあることの異和感」
に帰着する。
(もう半分は、学校自体の気持ち悪さである)


■茨城県は、
だいたい五つか六つのブロックに分割される。
高萩市や北茨城市などの「県北」。
「ひよっこ」の舞台はこの山奥だ。
水戸市などの「県央」で、県庁もここ。
鹿嶋市や鉾田市など、
太平洋側に面した「鹿行(ろっこう)」(「県東」)。
アントラーズがある。
そして古河市などの「県西」。
土浦市などの「県南」だ。

このうち、
「県南」と「県西」の境界だけ、
ちょっと曖昧なところがある。
常磐線より東側は明確に「県南」だし、
常総線より西側は明確に「県西」だけど、
常磐線と常総線の間が、
分割方法によってあやふやなのだ。

なぜなら「つくば」があるから。


■国鉄だった常磐線の沿線というのは、
昭和期以前から発展していたところである。
「昔からの田舎の街」というのを
イメイヂしてもらうとよい。

かつて県南の中心都市だった土浦の場合、
城下町だし、
水運で栄えたし、
海軍の航空隊があった。

その周り、霞ケ浦の南岸などに
田んぼと畑が広がっている。

他の茨城の街も、
他の全国の地方の街もだいたいそうだ。


■もともと、それと同じように
田んぼと畑の広がっていた地域に、
高度成長後に、つくばは突然現れた。

おそらく
筑波研究学園都市計画がなければ
そのまま田畑と里山の広がる
野原だっただろう。
(今でも、ちょっと
外に行けばそんな風景である)

そんな、
何もないところに大学を作り、
研究所を建て、宅地を造成し、
広くまっすぐな道路を引き、
最後に高架鉄道を敷いた。

最初は研究学園都市で、
陸の孤島と言われるところで
あったらしいのだが、
都市ができたので、
他産業の人も住居してきた。
TX開通後は
東京のベッドタウンにもなった。

多くが一九八〇年代以降に
入居しており、
人口で土浦を逆転した。

こういうニュータウンは全国にあると思うし、
今では日本全国がこういう感じになってしまったので、
分かりにくいのだが、つくばの
「ある程度人のいる田舎の近くに突然来た」感には
今更ながら驚く。


■土浦とつくば。
常磐線とつくばエクスプレス。
旧住民と新住民、
昭和と二十一世紀。

どこの地域でも
こういう現象はあるのだけれど、
新住民と旧住民では
ちょっと違う価値観を持っている。

乱暴にくくると、
「インテリ」と「ヤンキー」だ。

茨城県南は「ヤンキー」の国である。
劇団ひとりの「ヤンキー」の一人芝居も
土浦出身という設定だった。

もちろん
つくばにもいろんな層があると思うのだが、
つくばは
「意識高い系」で、
関西弁でいうと
「ええとこ」な感じが強い。
ほとんど大学に進学するだろうし、
「だっぺ」とか言わず、
茨城弁ではなく英語を話す。
帰国子女だって多い。


■さて、この
「TX沿線風のインテリ日本」と
「常磐線沿線風のヤンキー日本」のせめぎ合いは、
日本全国に存在すると思う。

全体として、
「TX沿線的な日本」が勝勢だ。

このまま分断が進むのは
決して良いことではないと思うのだが。


■ところで、少年時代、
私はつくばが好きだった。
あの整然とした綺麗な街並み、
快適な設備、
そして先進的な価値観こそ、
未来だと思っていた。

私の両親はともに新住民で、
つくばで働いていた時期がある。
つくば的な価値観を持っており、
自分も中学高校とつくばの私立学校に通った。

そんな私は今、
圧倒的に土浦・その他県南派である。
(まあどっちからも爪弾きにされるのだけど)

でかい和風御殿を立てる地主とか、
成人式に白羽織を着てくる兄ちゃんとか、
あゆのステッカーを貼った軽を乗り回す
ヤンママとかがいる日本が好きだ。
(茨城県南はそういう人ばかりではない)

つくば的な、きれいな日本に、
あまり惹かれなくなったのだ。

私は今、ヤンキーになりたい。

綺麗な街に背を向けて、
ロードバイクで走り出す、
ヤンキーになりたい。

令和元年九月一日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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