アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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所感

「柔道家」という、すばらしくもずるい言葉。

投稿日:

■昔、「炎の体育会TV」というTV番組で、
「古賀稔彦と役者や芸人が柔道を行ない、
一分間一本を取られなければ、挑戦者の勝ち」
というような企画があった。
(詳細忘れた)

畳の中であれば、
鬼ごっこのように逃げ続けてもよい、と-。

詳しいルールは忘れたが、
どの挑戦者も逃げずに襟をつかみにいったため、
古賀は一瞬で一本背負いを決め、
挑戦者は畳に舞う。

その挑戦者たちに敬意を表し、
古賀は言うのだ。

「”柔道家と戦った”
という気がします」-。


■上述の古賀の言葉には、
もちろん古賀の敬意・社交辞令もあろう。
が、少なくとも聞いていて
不自然な感じはしなかったし、
私は、古賀は相手の柔道経験者を
(端くれだとしても)「柔道家」だと、
ほんとに思っていたように思う。

つまり、「柔道家」という言葉は、
一番広くとれば、
「若い頃、柔道を一生懸命やった、
柔道を愛している人」
でも、ぎりぎり含まれ、
「自分で名乗るのは恥ずかしいが、
他人への賞賛に使うことはできる」
くらいの言葉なのだと思う。


■こういう、
「ほかの職業に就いている
純アマチュアも含めた、
頑張っている人」
を総称する言葉が、
他の競技にはあまりない。

「野球選手」「サッカー選手」
だと、ふつうプロフェッショナルのことになる。

「元高校球児」
「元サッカー部」
でも、そのすごさや頑張り、
競技への愛や一生懸命さは
なんとなく伝わるけれど、
「柔道家」のような特別感はない。

かといって「武道家」だとやりすぎである。
もう果し合いとか道場破りとか
している人だ。


■日本の道だって、
アマチュアの相撲競技者を
「相撲道家」とは言わないし、
アマチュアの茶道を習っている人を
「茶道家」とは言わないだろう。

「剣士」は近いけど、
現役という感じがより強く含まれる。

私は将棋を指すのだが、
「棋客」とか「好棋家」とか「棋道家」とか
恰好良く呼ばれることは絶対にない。
せいぜい「将棋ファン」だ。


■「柔道家」と言う言葉には、
「(丘ぐらいかもしれないけれど)
嘉納治五郎に連なる山脈の一部」
「かつて同じ道を歩き、
今は見守ってくれている戦友」
という響きがある。

おそらく柔道全体に
そういう仲間意識がちょっとあるのだろう。
(ちなみにラグビーにも
なんとなくありそうだ)

そういう裾野の広さ、
競技全体の仲間意識を表す、
素晴らしい言葉だと思うのと同時に
「こんな恰好良い言葉使えて、
柔道はずるいよな」
とちょっとだけ思うのだった。

令和元年九月三日
明瀬祐介
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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