アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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スポーツ 所感

秋のスポーツイヴェントの「もう終わってしまう感」。

投稿日:2019年10月2日 更新日:

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■なんでも「の秋」をつけると
それっぽくなるが、
実際、よく言われる「藝術」も「読書」も、
秋が一番やりやすい。
(「食慾」だけは分からん。
春も夏も冬も「食慾の」、である)

そしてスポーツも。

競技にもよるけれど、
春・夏から始まる競技は、多くが
秋口から年末頃に決戦が待っている。

年を越す競技は、
秋からはじまるけれど、
やはり晩秋か、年末のどこかの段階で
ちょっとした天王山があって、
次のステイヂへの関門に
なるものが多いようだ。


■ぼくは学生時代、いつも
周りがセーターを着こんでいる時期に、
薄いシャツ一枚、 七分袖の恰好で
スポーツ観戦に出かけてしまったりして、
恥をかいていた。

夕暮れが思っていた以上に早くて、
芝生が薄オレンジに光っていて、
風が冷たいことにようやく気づく。

盛り上がった試合の帰り、
すっかり暗くなった道で、ふと思い出す。

いや、そのずっと前、
行く道の時点で、みんな分かっているのだ。

「もう、終わってしまうんだな」-


■今は競馬を視ないのだが、
昔はよく視ていた。

九月の「スプリンターズステークス」で
「ああ、九月ってことは、
今年も終わりがあるってことなんだな…」
という気分である。
十一月下旬の「ジャパンカップ」
にもなるともう絶望して
「うわあああああ」
とか叫びたかった。

NPBのクライマックスシリーズなんて
「はじまったら終わっちゃうから
やらないでもう一回ペナントレースはじめようぜ」
と何度言いたくなったことか…。


■こんな調子だから、
ラグビーワールドカップなんて、
はじまった時点ですでにさみしくて、

「ああ、これ、いつか終わってしまうやつや」
「なんで終わってしまうんや、
永遠に続けたらええやないか…」

と心の中で思ってしまう。

この哀しさが大好きで、
俺はスポーツを観ているのだ。

令和元年一〇月二日
アカセ(明瀬祐介)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-スポーツ, 所感

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