アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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スポーツ 所感

学問研究は、スポーツを見習って商業化せよ。

投稿日:2019年10月6日 更新日:

■前々回、前回と、

「現在、公共事業として
税金で行われている
学術研究(自然も社会も人文も)の
大部分を”民営化”して、
研究者たちが自分たちで
スポンサーを募ったり、
事業を収益化したりして
研究費を稼ぐようにしたほうが、
結局自由に学問ができて研究が進むのでは?」

ということを書いた。

■この考えは、
だいたい誰からも反対を受け、
私は数少ない友達を失っていくのだが、
実は、これと同様の試みをやった分野がある。

スポーツだ。


■昭和五十九(一九八四)年の
ロスエンヂェルス開催以前、
オリムピック大会は
今とは比較にならないほど
こじんまりとしたものだった。

もちろん国威発揚の場ではあったけれど、
「アマチュアリズム」という精神が
まだ生きていて、プロフェッショナル選手は
原則的に参加できなかったのだ。

スポンサーを着けることで、
大きく変わったのが、
ロスエンヂェルス大会だ。


■「プロフェッショナル化した競技」
として日本で例に挙がるのが
サッカー、そしてバスケットボールだろう。

サッカーの日本でのプロフェッショナル化、
Jリーグの発足は一九九三年。
これはご存知のように
川渕三郎が主導し、その後、
この経験をバスケットボールに活かした。


■ほとんど最後まで
「絶対にプロフェッショナル化は認められない。
なぜなら自分たちの精神に反するから」
と、世界全体で抵抗していたのがラグビーである。
ラグビーではなんと平成七年(一九九五年)まで、
プレイに対する報酬は認められていなかった。

ワールドカップ開催も昭和六十二年(一九八七年)と遅い。

https://www.shobi-u.ac.jp/_webroot/pdf/mediacenter/kensho/91000002.pdf


■さて、プロフェッショナル化によって
選手たちは、そして観客は
不幸になっただろうか。

(次の東京大会はどうなるか知らないけれど、)
オリムピック大会は商業化後、
より多くの人に見られるようになった。
選手の側だって練習環境が格段に充実するなど、
メリットを享受している。
昔は「引退後に生活に困って○○に…」
というオリムピアンがいたものだが、
(○○は何でもよい)
金が回るようになった今では滅多にない。
(もちろん、日本を含め、多くの国で、
オリムピック選手は企業の他、
国からの公的支援も受けている)

重要なのは、
別にメジャー競技だけが
恩恵を受けたわけではない、
ということだ。
オリムピック大会自体の拡大によって
それまでマイナーだった競技も
どんどん豊かになっている。
「収益化が難しい地味な分野は
公金投入で維持するしかない」
という意見への、
一種の反論になりうるだろう。


■プロフェッショナル化以前、
ワールドカップに一度も行ったことなかった
日本サッカーは、もう大会常連になった。
(奥寺康彦とかいうオーパーツを除いて、)
昭和の時代にヨーロッパのリーグで
プレイする選手なんて皆無だったけれど、
今や多すぎて覚えきれない。
閑散としていたスタディアムも、いつも盛況だ。

もちろん他の要素もあるけれど、
間違いなくプロフェッショナル化の恩恵だろう。


■もしラグビーでプロフェッショナル化が進まず、
学生や、クラブティームでアマチュアがやる
スポーツのままだったらどうだっただろうか。
これは推測になるが、
他の競技に選手も観客も奪われて
徐々に衰退し、
今、まさに日本で視られているような
妙技の数々は見られなかったのではないか。


■同様に、学問研究だって、
「プロフェッショナル化」
をすれば、より栄えるのではないか、
というのが、繰り返し述べている
私の考えである。

若者はただの純粋な夢ではなく、
「大金持ちになれる職業」
「スターを目指せる」
といって科学を選ぶことになる。
研究費に困ることなんてない。


■ここで
「分かりやすく楽しいスポーツなんかと違って、
学問研究は一般の人に分かりづらい分野だから、
充分な金は集まらない」
という声があるかもしれない。

これについては
またいつか書こうと思う。


■さて、以上のようなことを書くと
私が民営化を礼賛し、
プロフェッショナル化の信奉者のように
感じられると思うが、実は違う。

俺はスポーツの商業化が大嫌いだ

一九九五年まで世界全体でプロフェッショナル化に
反対したラグビーは、まじで偉いと思う。

おそらく、スポーツは
アマチュアがやっていた時代の方が美しかったし、
学問の研究も、大学や、公的機関や、企業の研究所で、
金銭的な見返りなんか気にせずにやっている、
現在の方が、美しい。


■映画「FIGHT CLUB」に、
高度消費社会を批判的に、皮肉たっぷりにみた、
こんな台詞がある。

「将来、宇宙の天体も企業に所有されるだろう。
IBM星、マイクロソフト星雲、スターバックス惑星…」

これは確かに嫌だ。

しかし、そうなってでも、
新たな惑星が発見されたほうが、
されないよりずっとよい。

もちろん、
「その方法ではかえって
新たな惑星が発見できない」
「その方法は惑星探査のような
目立つものにしか使えない」
という批判は大歓迎だ。

でも、
「惑星に企業の名前が付くなんて醜い」
という意見であれば、ちょっと待ってほしい。
「俺もそう思う」
としか言いようがないから。

令和元年一〇月六日
アカセ(明瀬祐介)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/


(つけたり)
■ちなみに私は、
「国鉄も民営化しないほうがよかったし、
今からでも公営に戻すべきだ」
と考えている。

-スポーツ, 所感

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