アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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美大入試で「絵の巧さ」を問う必要はあるのか。

投稿日:2019年10月14日 更新日:

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■世の中には、
「その能力自体は要らないけれど、
もっと大切な物を測定するために
試験でその能力を測る」
ということがある。

中学や大学の入学試験なんてそうで、
試験で勉強したことが
入学後に役に立つか、
といえばそんなことはほとんどない。
特に、
「試験用の難問を高速で解く能力」
が必要とされる場面は、
ほとんど皆無だと思う。

しかし、
(実際、ある程度は役に立つのと、)
競争の基準にするには、
そういう方法しかないからやっている。

(ただし、
私は普通の学校の入学試験に関しては、
学力試験をするにしても、
より適正な方法があるだろうと思う)


■会社の入社採用も、
みんな苦労している。
「ある仕事をやらせないで
その仕事ができるか測る方法」
なんて、ほぼないからだ。
実際、
「その仕事をさせてみて、
その仕事ができるかどうか測る」
のが一番よく分かるようだが、
それだって
短期では分からない部分もあろう。


■それに近いのが、
美大の鉛筆デッサンだ。

有名美大は実技試験をやっていて、
多くは「素描」つまり鉛筆デッサンだ。
私からみれば超人的に絵が「巧い」人たちが
さらに努力して美大に入る(入れない)。

たとえば、東京芸大の入試問題はこんな感じ。
http://admissions.geidai.ac.jp/data/past-exams/fine-arts/

武蔵美術大学の過去問は、
参考作品も見られる。
http://www.tamabi.ac.jp/admission/data/past.htm

「うわあ、神様だああ」
と素直に驚嘆する。


■しかし、入学後、その人たちの多くは
入学試験の鉛筆デッサンのような意味で、
「写実的な絵」「うまい絵」を目指さない。

ご存知の通り、多くの現代美術は
「写実的」「巧い」(だけ)を
目指してはいないし、
時にはあえて
「技術がない」(ように見える)
作品を作ることさえある。
純粋芸術寄りの部分だけでなく、
商業デザインだって、
工業デザインだってそうだ。
発想勝負みたいなところがあろう。

東京芸大の卒業制作は、
以下で見ることができる。
https://www.geidai.ac.jp/information/student_activity/graduation_work/h30

多摩美の卒業作品はこれ。
http://www.tamabi.ac.jp/pro/g_works/2019/

絵のことは分からないけれど、
「入学試験で使った技術を、
その後全部活用しているか」
「入学試験でやったことを、
さらに突き詰めれば
こうなるか」
というと、おそらくそうではない。

多摩美含む五美大の卒業作品展のポスターなんて、
こんなんである。
https://www2.tamabi.ac.jp/cgi-bin/pro/gw/?id=3&n=2

よいポスターだと思うのだが、
これなんかある意味
「鉛筆デッサン」的な能力を
否定というか、笑い化しているわけで、
「結局そっち行くんかい!」
と言いたくなる。


■じゃあそれらの分野の試験に、
鉛筆デッサンが不要かというと、
鉛筆デッサンを試験に課した方が、
間違いなくよい結果が出るのだろう。
いろいろ記事を読んでいるが、
「実技試験を課さないような
“美大”には行くな」
という意見がほとんどだ。

「鉛筆デッサンができるような能力は、
あった方がよい」
というのが一つ。
上記の卒業制作を見ても、
鉛筆デッサンに近い能力が
ほとんど使われていなさそうなものもあるが、
やっぱり多くの作品では
その能力が少なからず活用されている。

そして、より重要なのは
「やる気」「努力」を測るためだと思う。
「これまでどれだけ真剣に
絵に打ち込んできたか」
「これからどれだけ真剣に
芸術に打ち込むと見込まれるか」
の計測が可能なのは、
実技試験しかないし、
それには統一基準で
一応測定が可能な、鉛筆デッサンが最適だ。

「確かにそれしかないだろうな」
と思いつつも、なんというかちょっと
釈然としないところがある。
「勿体ない感じ」というか、
「違うことやっとるやん」みたいな。


■ちなみにアメリカの名門美大では
ポートフォリオ(過去作品集)を作る、
という試験方法が一般的なようだ。
そっちの方が、
私が上記に書いてきた趣旨には合う
と思うのだが、
これを聞いた時、
反射的にこう感じてしまった。

あかん、そんなん美大受験ちゃう!

美大受験と何の関係もない私ですら
こう思うのだから、
美大受験に思い入れのある人は
もっと思うのではないか。

人々の中に存在する、
「受験準備の美しい思い出」が、
試験制度にも影響を与えている部分が
あるのかもしれない。

令和元年一〇月十四日
アカセ(明瀬祐介)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

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