アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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作戦

資格試験で得られる「ちょっとやりきった」感は偉大。

投稿日:

■スポーツの試合を視ていて
感動する部分のひとつが、
選手たちの「やりきった感」だ。

「自分のやれることはやった」
という誇り。

うらやましく思う。


■さて、では、我々、
凡人は、「やりきった感」を
味わうことができないのだろうか。

いつでもできる、とも言える。

けれど、
生活を大幅に変えるようながんばりには、
なかなか踏ん切りをつけられない場合が
多いのではないか。

やはり、スポーツ選手の
「やりきった感」はいろいろ犠牲にした特別なもので、
だからこそ、スポーツ選手の
「やりきった感」に、我々は感動する。


■しかし、そこまででなくても、
普通の人が、
「ちょっとやりきった感」を
比較的簡単に得られる機会がある。

資格試験の受験だ。

以下の三点で、
「普通の人が人工的に
“ちょっとやりきった感”
を作る」場合には最適だ。


■(一)目標が外部にある。

「○○冊本を読む」
「○日連続で筋トレをする」でも
「ちょっとやりきった感」は得られる。
けれど、その目標そのものが、
「自分が決めたもの」だから、
その「やりきった感」にも
ちょっと疑問符がつく。
あとになって、
「実は最初の目標が楽だったのではないか」
と思ってしまったりするかもしれない。

しかし、資格試験受験は
その疑いを許さない。
「だって外部が認めた資格試験だもん」
と、自分に言うことができるし、
他人も認めてくれる。


■(二)目標に期限設定がある

おそらくスポーツでも、
大会なんかに、
「やりきった感」を得ているのも、
この要素が大きい。
「本番の日が決められている」

「本番までは、それに全力投球だ。」
という「期間限定」の頑張りができる。

「終わりがある」


■(三)機会を自分だけで作れる

上記の(一)(二)を得られる作業は他にもある。
例えば職場で、期間の限られたプロジェクトを
担う機会もあるかもしれない。
それはもちろん、
多くの場合、資格試験よりも
「やりきった感」が
得られる。

しかし、その機会は自分だけで作れない。

資格試験は自分一人で完結できる、
という簡易さは大きい。


■繰り返しになるが、
スポーツ選手や、アーティストが得ているような、
「やりきった感」
というレヴェルのものではない。

ただ本当の「やりきった感」というのは、
なかなか得るのが難しいのだ。

資格試験の受験というのは
実はかなり投資効果と確実性が高い
行動だと思う。

これを読んでいる人が何かしら感じれば、
ぜひ受験してほしいと思う。

(と、いいつつ私は何も受ける予定はないのだが)

令和元年一〇月二十九日
アカセ
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-作戦

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