アカセニッキ(明瀬祐介日記)

少しだけ役に立つ、または面白い内容を提供できれば。

所感

「選挙に行かなかった奴に政治への文句を言う権利はない」-? いや、それ、間違いだから。

投稿日:

■「選挙に行かなかった奴に
政治への文句を言う権利はない」
という人が割といる。
「いや、世の中は
そういう仕組みにはなっていない」
で終わる話
なのだが…。

「選挙に行かなかった奴に
政治に文句を言う権利を
“与えるべきではない”」とか、
「選挙に行かなかった奴の
政治に文句を言う権利を、
“俺は認めない”」とか、
「選挙に行かなかった奴の
政治に文句を言う権利は、
“今後認められなくなる可能性が高い”」
なら、「今後への提案」とか、
「自分の気持ち」とか、
「将来に対する予想」だから、
言うのは自由である。
(私は賛同しないが)
間違いでも正解でもない。

しかし、現状、
「権利がない」ことはない。
だから「権利はない」
と言ってしまったら、
そりゃ単純に間違いだ。

(もしかしたら
「意見」のつもりで
言っているのかもしれないが、
「現状認識」のようにしか見えない
「意見」の表明はやめてほしい)


■「権利があるか」
はまあ観念的な話だが、
ほとんどの人は日本が建前上、
「言論の自由」を
保障していることを知っていよう。

そしてもっと重要なのは、
実際に選挙を棄権した人の発言
が取り締まられたりすることはない、
ということだ。
「あの人、
選挙に行っていないのに
政治に対する発言してる!」
と警察に言っても
誰も取り合ってくれないし、
「なら俺が殴ってやる!」
となったら、その人が警察に捕まってしまう。

だから、
「選挙に行かなかった人にも
政治に文句を言う権利は、
実質的にも与えられている」
で、本当に終わってしまう話だ。


■もうひとつ付け加えると、
「文句を言う」というのは
あまりいい感じではない言葉で、
いかにも自分の損得のために
発言している印象を与える。

しかしある人が政治に文句を言っているとき、
それは大概、その人だけの問題ではない

同じ立場の人は必ずいるわけで、
だから文句を言うのは、
自分の損得のためであっても、
自動的に他者のためになるのだ。

あなたの「文句」は
誰かを幸せにする可能性があるので、

選挙に行ってようが行ってなかろうが、
堂々と文句を言ってほしい


■実際に選挙に行かなかった人が
「俺は損しとる!」
と、文句を言ったとしよう。
先ほども書いた通り、
それはその時点で、
何も恥じる必要のない、
充分に建設的な発言だ。

さらにつけくわえて、
「こうすればいい」
と提案をしたとする。
仮にそのアイディアで
みんなの幸福度が上がるのであれば、
そのアイディアは採用されるはずだ。
「あいつのアイディアは素晴らしいけれど、
あいつは選挙に行かなかったので採用しない!」
とはならない。

「世の中では
“何を言っているか”
ではなく、
“誰が言っているか”
で判断される」
というのは間違いではないが、
それは内容の質に大差がないときか、
発言者の人望に
差がありすぎるときだけなのだ。


■繰り返しになるが、
「選挙に行かなかった奴に
政治に文句を言う権利を
“与えるべきではない”」とか、
「選挙に行かなかった奴の
政治に文句を言う権利を、
“俺は認めない”」とかなら、
「今後への提案」とか、
「自分の気持ち」とかだから、
言うのは自由だ。

しかし、
「選挙に行かなかった奴に
政治に文句を言う権利はない」
というのは、
「現状、そうなってない。
だから間違い」
で終わってしまう話である。

今後このような誤った言説を
堂々と唱える人が、
少しでも減ることを望む。

…っていうか、
政治は個人のことなんか
どうとでもする力があるわけだが、
その政治に対して、
「選挙に行かなかった者は
何をされても文句言えない」
ような社会は、
ほとんど誰にとっても、
(もちろん選挙に行った人にとっても、)
極めてやばい社会で、
それを招くような発言が
どういうことを意味するか、
ふつうに考えれば
分かりそうなものですけどねえ。

令和二年二月六日
明瀬祐介(アカセ)
acsusk@gmail.com
https://twitter.com/acsusk/

-所感

執筆者:

関連記事

no image

人生で十本の指に入る後悔「TV録画しとけばよかった」。

■この、「明瀬祐介日記」は、意識してはいないものの、「若いころの自分が読んだら役に立っただろう」という記事がある。 下記などは、自分が一〇歳代のときに気づいたら、もっと人生が楽しかっただろうと思う内容 …

「愚公移山」と「半日村」。

■「愚公移山」(「愚公、山を移す」)と言う故事は、毛沢東に引用されたという歴史的経緯から、すっかり使いづらくなってしまった。 ■ある山あいの村で、一人の老人が、村を興すために山を動かそうとする。別の老 …

「誰でもストイックに集団競技ができる」という点で「部活」は貴重だ。

■ここ数年、「部活」のイメージは、かなり悪くなってしまった。 長時間の練習が、勉強の妨げになる。 無理のある練習で、健康を害する。 中学生・高校生は好きなことを楽しむべきだ。 部活のような強制的な訓練 …

小説のない人生。

■告白しなければならない。 以前この日記で「村上春樹で一番面白いのは『1Q84』!」などと書いた覚えがあるが、何を隠そう、実は私は「1Q84」を最後まで読んでいない。俗にいう「エアプ」と言うやつだ。ご …

no image

「柔道家」という、すばらしくもずるい言葉。

■昔、「炎の体育会TV」というTV番組で、「古賀稔彦と役者や芸人が柔道を行ない、一分間一本を取られなければ、挑戦者の勝ち」というような企画があった。(詳細忘れた) 畳の中であれば、鬼ごっこのように逃げ …