アカセニッキ(明瀬祐介日記)

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「大学時代の友人の連絡先を、家族は全く知らない」問題

投稿日:2018年6月27日 更新日:

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■「家族が知らない友人」問題というのがある。

今はWeb上に「自分の家族が知らない友人」がたくさんいるという人も多い。
また、リアルの友人であっても、何らかの理由で、
家族にはその存在や関係を隠している場合もあるはずだ。

しかし、リアルの友人で、別に隠し立てしているわけでなかったとしても、
多くの人に、「自分の家族がその存在を知らない友人」が一人や二人はいるのではないか。

 

■ケースとして一番多いのはやはり、
「大学時代の友人の連絡先、家族は全く知らない」問題
だと思う。

例えば、だれかが死んだり行方不明になった場合を想定する。
小中高時代の知人や職場に関しては、親もある程度知っている場合が多い。
家族はその連絡先を調べ、連絡を取ることができるはずだ。
(一人の連絡先が分かれば、伝手をたどることもできるし、
一人から情報が伝わっていくこともあるだろう)

しかし、大学時代の友人に関しては、
親はそのうちの一人の連絡先も知らない、という場合も多いのではないだろうか。
そもそも名前すら分からない場合もあるだろう。

「お互いの結婚式で友人代表のスピーチをしたけど、
葬式はあったこと自体知らなかった」

というケースだって決して珍しくはないはずなのだ。

 

■仮に対策を取るとしたら簡単で、
「家族に友人の連絡先を伝えておく」ことに尽きる。

まあ、そこまでするのもなんか気持ち悪い、という人が
大半ではないだろうか。
私もそうだ。

考えてみれば仮に私の死後、家族と知人が連絡できなかったとしても、
私には何の影響もないのだし。
(私は死んでいるのだから)

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